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伝説のこどもたち ゆかちゃん4

毎週、ゆかちゃんに会うのは、とても楽しみになりました。最初のうちは、わたしがゆかちゃんの手を支えて文字を綴っていましたが、いつしかそれはおかあさんの役目になり、わたしはもっぱら質問をしていました。

作業療法士としてのわたしは、誰かの手を使って書くのではなく、自分の手で書いて欲しいと思っていたのでペンを持ちやすくしてみたり、一人で持てるようにペンを固定したりと、いろいろなことをしました。結局は、トーキングエイドという、文字を押すと音声になる機械を使ってそれにプリンターをつけて記録できるようにしたのですが。

当時、よくわたしと話をしてくださる精神科の女医さんがいました。かなりの高齢の方でした。ゆかちゃんのことを話し、こういうことはあるのでしょうか?とたずねたら、「わたしの尊敬する先生が、論文を出しておられる」とのことで資料をいただきました。精神科の黎明期にも、おかあさんの手を持つことで、文字を書ける症例がいたのだ!とそれが、論文になっていることに驚きました。

感覚統合療法の学会が、長崎で行われることになっていたので、ゆかちゃんのことを発表することにしました。

ゆかちゃんに、発表の許可をもらおうと話をしたら快く「いいよ」と書いてくれました。じゃ、何かお土産買ってくるからね、なにがいい?と、聞いたのですが、

「おみやげはいらないから、話をいっぱい聞いてきて」

と、言ったのです(本来は、書いたですが、つい 言った と、表記してしまいますね。)

 


2泊3日の出張でした。その時の、ゲストは、アメリカのコミュニケーションセラピストのカニングハム久子先生でした。すぐに症例発表が始まりわたしは、ゆかちゃんのことを発表しました。終わった後、副会長の土田先生が「FCの症例だね」と、ニコニコしながら話しかけてきました。「FCってなんですか?」「そうねぇ、アメリカで流行ってるんだけど、詳しく聞きたかったら、カニングハム先生に尋ねてみたら?」といわれたのです。えー!知らない人と、話するのは苦手なんだけど」と、困りながら、他の人の発表を聞いていました。学会の終わりかけに土田先生が、明後日、長崎大学でカニングハム先生の勉強会があるから参加してみたら?と、いわれたのです。夕方からだけど」ちょっと、待って、出張は、明日までなんだけど。

職場に電話して、2日の休みをいただきました。

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