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『ワンダー・オーヴァー・レインボウ』の、その後の、その後

※このショートストーリーは、昨年上演された劇団GAIA_crew第16回本公演『ワンダー・オーヴァー・レインボウ』のその後を少しだけ書いたものです。

「うん、元気そうだったよ、これお土産、ずんだ餅ね」
明衣子さんはそう朗らかに語った。
明衣子さんからOZの常連メンバーのライングループに連絡が来たのは数日前だった。ちょうどみんなは何をしているのか気になっていた時に、数年ぶりに鳴った通知音は、まるで奇跡のように私の耳に鳴り響いた。

看護師として働いている明衣子さんが、有給消化を使って柴田さんの地元である仙台を訪ねてきた、という話を聞いた時、最初にリプライをしてきたのはおんちゃんだった。

「みんな久しぶり!店長元気だった?」
まるで数年間のブランクなんて存在しないかのように、昨日もOZで会っていたかのようにその後もリプライが続いた。クロマルさんも、SHOさんも、菱本さんも次々に近況を報告してくる。

地元に残っている常連三人と、都内に住む私と明衣子さん、菱本さん。さしあたり仕事の隙間で明衣子さんと私が会おう、という話になったのだ。

「結月ちゃんは?お仕事どう?」
「いやー、先日デスマーチを抜けたばっかりで…今はちょっと楽になりましたね」
「すごいキャリアウーマンになっちゃったね、さすがOZが生んだ伝説の女子高生」
「やめてくださいよ、私もう27ですよ?女子高生はきつい!」
「それ言ったら私だってもう31のおばさんだから!」

そう微笑む明衣子さんの左手薬指にはシンプルで綺麗な指輪が光っている。職場で知り合ったドクターと婚約したのは先日だそうだ、結婚は来年なので、その時は私達全員を呼びたいと言ってくれている。

「結月ちゃんは?ゲームはやっているの?」
「いや、全然やってなかったんですよ、でもこの前久しぶりにレトロゲームがたくさんあるゲーセンを見つけて…やってみたらまだ結構覚えてましたね、それからはちょいちょい…気分転換程度で」
「そうなんだ、皆仕事も生活もあるもんね、あの時みたいに毎日ってわけには行かないか」
「…あの時は、あそこしか居場所がなかったんですよ、私達も、みーちゃんも」
「…そうかもね、うん、そうだね」

少しだけ寂しそうな顔を明衣子さんはした、私達、あのゲームランドOZにいた全員の中に、みーちゃんという女性は焼き付いている。それを思い出せないくらい日々を生きているけれど、ふとしたことでそれは鮮明に思い出されてしまう。先日の私がそうだった、全部忘れるくらい東京に染まっていたのに、一瞬であの高校生の時の半年間を思い出してしまった。

今度高島平にある菱本さんのゲームセンターに遊びに行こう、という話をして明衣子さんと別れ、私は東急東横線に乗り家路に急ぐ。家のある綱島駅までの間、運良く座れた私は携帯のアプリを立ち上げる。

先日のゲームセンター以来、なんとなくゲーム欲が戻ってきた私には、今はまっているゲームが2つある。

一つは麻雀アプリゲーム、気軽に知らない人と対戦できるということで人気のこのアプリで、私はそこそこの勝率を誇っていた。色々な強い人がいるし、麻雀というものが国民的に人気のあるゲームなのだと実感すると同時に、あの「朝倉あやの」の強さはやはり異常だったということも理解できるようになった。

そして、もう一つがRPGだ。コレまでの人生でロールプレイングゲームというものに触れてこなかった私にとって、このMMORPGという世界は非常に魅力的だった。

名前も知らない誰かと異世界で知り合い、共に助け合い、仲良くなりながら冒険を続ける。もちろん一人で冒険するのも自由、色々な遊び方とプレイスタイルを許容してくれるこの剣と魔法の世界に私はすっかりはまってしまっていた。

「こんばんわ!かぼすさん、今日は何時くらいにINしますか?昨日話していた装備、拾いに行きましょう!」

携帯に入れたゲーム内チャットアプリが通知を伝えてくる。ギルドメイトの「たんたん」さんからのチャットだ。たんたんさんはこのゲームを始めた頃、右も左もわからない私を助けてくれた人で、今では同じギルドで毎日冒険をする友達だ。

だが、ちょっと困っている。

このたんたんさんに私はオフで会いましょうと誘われている。いわゆる、ゲームを飛び出て現実世界で会おうという話だ。実際この手のゲームで知り合って、友達になるだけではなく、付き合ったり、果ては結婚したりというのもよく聞く話ではある。

私はそういうものに興味がなかった。母親のこともあるのだろうが、どうしても自分が誰かと恋愛するということに実感が持てなかった。

母はずっと私に対して良き親であろうとしてくれていた、それは今も続いている。ただ、やはり母は奔放な人間なんだと思う。いつの時代も母は誰かと恋をしていて、私が知る限りそれがうまく行った試しがない。多分、唯一うまく行ったのが私の父との関係なんだろう。それも私が生まれて7年で破綻するわけだが。

別にたんたんさんが私に好意を持っているかどうかなんてわからないのだが、やっぱりゲームで知り合った人と現実に会うということには抵抗があった。たんたんさんとはもう付き合いも長いので、お互いの顔もSNSで知っている。中肉中背の優しそうな人、都内で介護の仕事についているという彼に悪い印象はまるで無い。評判のケーキを食べに行こう、それだけの話なんだが、私は踏み切れないでいた。

家に帰り、ゲーム機の電源をオンにする。ゲーム内の私「かぼす」が目を覚ます。

「おつです!」

待っていましたよ、とたんたんさんがやってくる。黒魔道士の私と、騎士のたんたんさん、私達は常に一緒に数々の冒険を乗り越えてきた。今日は私が欲しいと思っていた魔女の服を手に入れるためにダンジョンに潜る。魔女の服はレアアイテムなので、なかなか手に入れることはできない。何度もダンジョンに潜ることを繰り返す。

「なかなか出ませんねえ…」

既に7~8回潜っては出てを繰り返して、既に時間は0時を過ぎようとしていた。プレイ中にも何度か仕事用のSlackには連絡が来ていた。明日も午前中からミーティングがある。あまり睡眠を削るのは良くない。

「じゃあ、今日は次ラストで」

そう告げて最後の一回の探索に出かける。もう道のりは慣れたものだから特に苦労することもない。たんたんさんは別にこのダンジョンで欲しいものはないので、ひたすら私が突き合わせていることになる、流石に申し訳ない気持ちが湧き上がる。

ボスを倒し、宝箱を開く、いつもより一枠戦利品が多い、出た!私が欲しかった魔女の服、しかも

「出ましたか…あっ!これ、超レアの別カラーのやつじゃないですか!やりましたね!」

ドロップ率1%を切っている超レア、通常の深緑色じゃなくて、煌めくようなエメラルド色の魔女の服。早速それを装備してみる。

私の分身である「かぼす」は、どこかみーに似た見た目にしていた。可愛く、でもしっかりと意思を感じさせるような顔で…そんなことを思いながらキャラを作ったら、みーにどこか似ている顔になってしまった。

そんなかぼすがエメラルドの魔女の服を装備したら、そこにはあの日、夢で見たみーの姿のようだった。バルキリー戦記に出てくる導きの魔女、私にはみーのように見えた。私の分身が、私の思い出の中の理想のみーと同じ姿で、微笑んでいる。

「凄いじゃないですか!良かったですね!おめでとうございます!」

たんたんさんが自分のように喜んでくれている。

「ありがとうございます、なんかすいません、何度もつき合わせちゃって」「いいんですよ!いや、本当に良かった!」
「あの、たんたんさん」
「はい?」
「前に言ってた、ケーキ食べに行く話ですけど…」

なんとなく、みーに背中を押された気がした。

「ケーキくらい食べに行きなよ!別に減るもんじゃないし、嫌だったらすぐ帰ってきなよ!」

みーの声が聞こえる。そうそう、ケーキを食べるだけ!そうだよね、みー。

通知音が携帯から響く、OZのライングループがこんな深夜に動き出した。

「菱本さんのお店行くなら、僕らも日にち合わせていきますよ」
「そうそう!おんちゃんが車出してくれるって言うんで」
「おう、だからさ、日にち決めようぜ!」
「嬉しいなぁ、もちろんお待ちしていますよ!」
「夜ゲーやらせてくれるんですよね?」

そんなやり取りがすごい速さで繰り広げられていく。たんたんさんと約束の日にちを決めて、私はゲームをログアウトする。さあ、今度はこっちの約束を決める番だ。

明日のミーティングは寝不足で行くしかないかな…そう思いながら、私は携帯を手に取る。

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