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メビウス 序幕 作:ナツメクニオ

2020年7月22日~31日に有料配信されるmeteor第一回プロデュース公演「メビウス」。男女二人芝居を朗読でお届けする本作は、2012年に京都の劇団ショウダウン代表、ナツメクニオが生み出した名作です。今回は全6チームでお届けするのですが、時空を超え、一組の男女が転生を繰り返しながら「記憶」を求めて旅をするディストピアファンタジーになっております。

今回はその導入としてオープニングである序幕の台本を全編公開致します。この世界観が気になった方は、是非公演サイトも覗いてみてください。
https://gaiacrew.com/mobius/


      荒涼とした荒野の音。
      ギシギシといった機械音。
      ギシギシの音にあわせてゆっくり明転していく。
      明転。
      そこはある惑星の荒野。
      二体のロボットがその動力を停止する直前の会話。

男     君、ねえ君。
女     なんでしょう?
男     いえ、何でもないのです。
女     何でもないのに音声で通信を試みたのですか?
男     はい。
女     それはおかしな動作ですね。
男     おかしな動作ですか?
女     はい。おかしな動作です。
男     おかしいといえば…
女     おかしいといえば?
男     なぜ私たちの会話はこんな昔の英語の教科書のような話し言葉なのでしょう?
女     それは仕方のないことです。
男     なぜですか?
女     なぜだか、わかりません。
男     もっと、砕けた口調で会話をしてみませんか?
女     はい。そうですね。ではあなたからお願いします。
男     …ちょう、ワレ、なんや、アレや、近所の犬がな、よう吠えよんねん。
女     やりすぎです。
男     やりすぎでしょうか?
女     はい。充分やりすぎです。会話の内容にも意味がありません。
男     そうですね。
女     そもそも我々のハード内にそのような言語で自然な会話のできるソフトはインストールされていないのです。
男     …なんだか、物悲しいですね。
女     物悲しい?
男     はい。物悲しいです。
女     それは何ですか?
男     さあ、わかりません。でもこんなときは物悲しいと思うべきなのです。
女     思う、ということがすでにわかりません。
男     例えば…
女     あ。
男     どうしました?
女     いえ、何でもないのです。何でしょう?
男     はい。君、遥か上空を見てください。あそこに見える小さな青い星、あそこが人類の誕生した星なのです。我々は…

      男、ゆっくりと星を指差す。

男     あそこで、作られたのです。
女     私がさきほど、「あ」といいました。
男     はい、言いました。何かありましたか?
女     はい。視覚視野系のチップが機能を停止しました。
男     …私のバッテリーを使えば…
女     いえ、バッテリーの問題ではなく、長い間のメンテナンス不足により、チップの寿命が尽きてしまったみたいです。
      今、私には何も見えていないのです。
男     そうですか。
女     そうです。
男     物悲しいですね。
女     検索しました。物悲しいとは、心というものが痛んで泣きたくなるような思いのことを言います。私たちには痛む心も流れる涙も存在しません。それにそのような思いは自分の大切なものに対して抱く感情であると推察します。あなたの「物悲しい」の使用は不適切です。
男     いえ、それがどうも、適切なのです。
女     では何に対して物悲しいのですか?
男     あなたが光を失ったことに対して。
女     それに対しては、ありがとうと答えるべきなのでしょうか?
男     我々は、何なのでしょう?
女     あなたはPR115098。ニューオリジン社が西暦2123年に製造した港湾労働専門の、ロボットです。私はHK94656、アトムインターナショナルが2116年に開発した、家事専門ロボットの初期型です。
男     名前…
女     は?
男     君、名前は?
女     HK94656…
男     いや、そうではなくて…、例えば、キャサリンとか。
女     キャサ…、え?
男     例えばの話です。ああそうだ、私のことはジョニーとかデップとか呼んでください。
女     何ですか?ニンゲンごっこですか?
男     あなたのことはなんと呼べばいいですか?
女     私のこと…
男     はい。あなたはなんと呼ばれたいですか?
女     …HK94656とお呼びください。
男     私たちは、製造されて50年近くニンゲンのために働いて、最後はメンテナンスもされずにこんな廃棄物処理惑星に放置され、きっとまもなく動くことができなくなります。ほら、あそこに…、見えないんですね。あそこに転がっているのは私と同じタイプの労働型ロボットです。とっくに機能を停止しています。この星はもう廃棄物でいっぱいになり、私たちが最後の廃棄物なのです。金星と同じ表面積を持つ広大な惑星に、言葉を交わせるのは私とあなただけ。誰も見ていないので、ほんの少し、ニンゲンの真似をしてみませんか?
女     私たちはアンドロイドです。そもそもが高性能なニンゲンのレプリカなのですよ?
男     でもニンゲンじゃない。
女     当たり前です。
男     うん、当たり前なんだ。でもさ、僕たちはもうすぐ停止する。それってきっと死ぬってことじゃないかな?死ぬってことは僕たちは無機質な何かじゃない。ほんの少しだけでも有機体の部分を持ってるってことじゃないかな?
女     あなた、おかしいですよ。
男     おかしくないよ。僕のボードはまだ正常に機能している。
女     おかしいですよ。言葉遣いが変わってます。
男     そんなこと些細な問題さ。僕のメモリー内に蓄積された無数の会話データがたまたまこんな話し言葉を選択してるんだ。でもこの話し方、とてもニンゲンぽくて気に入った。君にもできるんじゃないか?ニンゲンのように話したり、動いたり。
女     動く?
男     そう。ニンゲンはたまにこんな…

      男、ゆっくり立ち上がり、
      社交ダンスのようなポーズを取る。

男     こんなポーズで音楽に合わせて体を揺らせたりする。ほら、君も…
女     私には不可能です。
男     不可能じゃないよ。僕たちのメモリーには数万パターンの人の動きが…

      女、立ち上がりかけ、立ち上がれず座り込む。

女     バランサー及び両脚部の信号伝達ボードがもうずいぶん前から機能していないのです。私は立ち上がれないのです。

      男、女の横に腰を下ろす。

男     僕が最初に起動したときに見た景色は、港から見える、遠くに朝日が昇っていくとてつもなく広大な海だった。港湾労働の基本をプログラミングされ、その日から同じような型番のロボットたちに囲まれて働いた。人が眠っている間にも仕事は続き、休息は年に一回のメンテナンス時に二時間だけ。そんな生活を50年続けて、僕より高性能なロボットの価格が僕のメンテナンス費用よりも安くなって、僕は廃棄が決定された。廃棄されるために自分の足で無人のシャトルに乗り込み、この星のこの場所まで歩いてたどりついた。ニンゲンに恨みとか、そんな感覚は持っていない。僕を作り出してくれたんだから。だから全然恨みとか、そんな感覚はない。ここで静かに眠りにつこうと思った。だけど、ここに、君がいたんだ。
女     私がいた?
男     そう。君がいた。
女     あなた、とてもニンゲンのように話すのですね。
男     機能を失いつつある君の隣で、僕も機能を失おう。でも本当に僕の全てが停止してしまうその最後の瞬間まで、
      君と話していたいんだ。
女     …あなた、とてもニンゲンのように話すのですね。
男     もしかしたら僕はニンゲンなのかもしれない。
女     大丈夫です。あなたのボディから生体の反応は
      感じられません。
男     じゃあ君がニンゲンなのかもしれない。
女     私が?それは論理の飛躍…
男     この惑星の反対側にシャトルで到着してから、僕は一年近く歩き続けた。自分の墓場を探して。その間に機能停止間際のロボットたちをたくさん見てきた。でも僕は足を止めなかった。きっと僕は、ここに来なきゃいけなかったんだと思う。そしてここに、君がいた。
女     ここには何もありません。目的にするようなものは何も存在していないですよ?
男     だったら君が僕の目的だったのかも。
女     …私が?
男     僕と君、どっかで会ってるのかもしれない。
女     25点。
男     違う、ナンパじゃなくて、本当にどこかで会ってないか?僕たちが作られてから50年、どこかで会っていても不思議じゃない。
女     製造会社が違います。使役目的も場所も。私のメモリーに、あなたの型番が記憶されていないのです。それは、あなたと出会った事実がないということを示しているのです。
男     ではきっと、その前に。
女     その前?
男     そう、僕たちが生まれる、作られる、その前に。
女     矛盾があります。
男     あなたにはありませんか?僕にはあります。僕にはなぜかメモリーの中に広がる風景があるのです。
女     メモリーに蓄積されるのはただの信号です。
男     大きな湖のほとりで、遠くに見える山の向こうに太陽が沈みます。
女     あなたの言葉は…
男     夕陽が湖とその湖岸にある小さな家を赤く染めます。
      まだまだ車も電話もない時代のお話です。
女     そんな時代の記録などどこにもないのです。
男     小さな家にはとても仲のいいニンゲンの夫婦が住んでいて、それが…
女     あなたの言葉は混乱を生んでいます。
男     それが僕と君なんだ。
女     …だから…
男     僕たちは湖のほとりの白いテーブルを囲み、
女     だからあなたの記憶は…
男     君は嬉しそうに真っ白なテーブルクロスをかけて、
女     あなたの記憶は間違っています。
男     2人で紅茶を飲みながらアップルパイを食べたんだ。
女     2人で食べたのはアップルパイではありません!

      女、一瞬自分の発した言葉の意味を考え、フリーズする。

女     …あなたの言葉は、私の回路に混乱を生むのです。
男     僕の言葉に混乱を覚えるのは、君の回路が純粋なプログラムの塊じゃない証拠なのです。
女     では私の回路はなんだというのですか?
男     それは、もしかしたら、想いというものなのかもしれない。
女     想い?

      男、どこからともなく一本の花を取り出す。

女     …それは、花ですか?
男     見えてないのにわかるの?
女     サーモスコープの機能で視ています。それは、動物ではない。
      それは無機物ではない。それは、…花ですね。
男     何の花ですか?
女     何の花かはわかりません。だけど…
男     だけど?
女     だけど、ずいぶん前からその花は、…私の前にありました。
男     私の前?
女     私の、そしてもしかしたら、あなたの前に。
男     僕の、前に。僕たちの前に。
女     今度は、私が…、

      女、花に手を伸ばす。

女     私が受け取る番なのだと思います。
男     思うのですか?
女     …はい。思うのです。
男     では、この花は、君に。

      男、ゆっくりと、花を差し出す。
      女、その花に手を伸ばす。

女     …この花は、私たちの記憶。
男     この花は、僕たちの、「想い」
女     2人でその想いを探る、
2人    旅に出ましょう。

      2人の手が重なる。

      オープニングが流れてくる。



是非、上記台本に興味を持たれたら、公演もご覧頂ければと思います。

劇団GAIA_crewプロデュース meteor(ミーティア)
 第1回公演『メビウス』

2020年7月22日(水)19:00 ~ 7月31日(金)23:59 まで
イープラス『Streaming+』にて5チーム分有料配信
※FチームはYouTube 劇団GAIA_crew公式チャンネルにて無料配信

Aチーム 野水伊織(プロダクション・エース)× 伊藤節生(AIR AGENCY)
Bチーム 窪真理(太田プロダクション)× 望月英(プロダクション・エース)
Cチーム 熊野ふみ × 坂本佳史(プロダクション・エース)
Dチーム 田村望琴 × 後藤大輔(劇団GAIA_crew)
Eチーム 園崎未恵 × 土性正照(劇団赤鬼)
Fチーム 奥宮キエラ × 三橋亮太(ともに劇団GAIA_crew)

公演特設サイト
https://gaiacrew.com/mobius/

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