金の斧と欲張りな木こり1

金の斧と欲張りな木こり 後記

はじめに

この記事は『金の斧と欲張りな木こり』のあとがき記事です。
本編を読んでない方が楽しめないって訳じゃありませんし、あとがきから読むって言うスタンスもアリだと思いますが、まぁ本編を読んでる前提で話をしますよ、って事だけ押さえておいて頂ければと。

女神じゃない

まずは原典についてのお話をば。

・『金の斧』はイソップ童話。
・または『ヘルメースと木こり』と言うタイトル
・原典は湖ではなく、川に斧を落としてしまう
・そこにたまたま通りかかったヘルメス
・ヘルメスが川に入って斧を取って来る

イソップ童話の説明は省きます。
原典だと、『湖の女神』と言う存在は出て来ないようです。
日本ではヘルメスを水神と訳した為に女神となったとか(日本の代表的な水神であるミヅハノメは女神)

ヘルメスとはギリシア神話に登場する青年神です。旅人や商人の守護神かつ、数、文字、天文学、火の起こし方なんかを発見したとされる、人類の文化の発展に寄与した神様です。
そして、幸福、富、雄弁、計略、盗人、交易なども司っているらしいので、そんなヘルメスなら確かに金の斧を用いて人間性を暴く問答を行うと言うのも納得です。

あとがき1

当初の作品イメージ

とは言え、私がヘルメスの事を知ったのはこの執筆にとりかかった後の事。最初はそもそも原典童話のタイトルすら不明瞭な状態でした。

おぼろげな記憶の中から私が気になったのは、作中で欲張りな木こりが言っている通り金と銀の出所でした。私のおぼろげな記憶の中では、女神は鉄の斧は返さず、金の斧と銀の斧を代わりにくれる存在だったのです。だって金銀の斧があればそれを売ってお金にして木こりなんてやめれば良いので、鉄の斧なんて不要だから。

なので、女神の元に残った鉄の斧はどうなるんだろう、と言う勘違いの疑問がこの話の出発点です。そして『女神鉄必要説』に至ります。

女神は鉄が必要で、金と銀は必要ないのならば、普通に物々交換すれば良いのでは。利害が一致すれば神との間にだってWIN-WINの契約は結べる筈。

そんな訳で当初の想定では、欲張りな木こりは金と鉄のトレードを成立させ「卑金属から貴金属を得る」と言う、錬金術の祖になる予定でした。


けれど原典を調べた結果、鉄の斧は返却されると言う事実が発覚。
逆に良かった点は、ヘルメスは錬金術にも通じているとされていた点で、やっぱりこれは錬金術につなげる事が出来そうだ、と言う事でした。

修正と発展

鉄は欲しいけれど鉄の斧は返す。その理由付けをする。
そんな修正を加えて物語を見直していく作業。

その最中気になったのは、物語内のパワーバランスでした。
想定通りに話を進めると、欲張りな木こりが『女神鉄必要説』で女神を論破し、そのまま商売の契約を取り付けると言う、全てが欲張りな木こりの思惑通りに事が進む展開につまらなさを感じるようになりました。

その為、女神に『女神鉄必要説』を否定させました。
欲張りな木こりの仮説は面白い。そう言う風に物事を色々な面から見てみる事は大切としながらも、それでも人が神の考えを理解するには至らない。言っても分かりっこないから女神の思惑は説明しない。神(=自然)を全て知った気になって思い上がってはいけない、みたいな教訓話に落ち着かせる着地点を用意しました。


けれどそれでは話全体のイメージがぼやける気がしました。
おとぎ話なのか、ギャグなのか、ビジネス啓蒙書的なモノなのか、と言う。

勘違いだったとしても、この物語のスタートはあくまで「鉄の行方」なので、鉄の行方を女神がボカして終わらせては自分が書きたいものと遠ざかってしまう。それではそもそも書いている自分が面白くない。そんなものは別に読みたくないぞ、となり、2話で終わらせる筈だった話を3話まで延長させました。

そこに女神たち視点から、なぜ鉄を集めているのかの理由に触れ、ギャグっぽいドタバタテイストにする事でオチをつけてみました。

そこで重要だったのがプレートテクトニクス理論です。

お下、下の連中とは

大陸が動いて離れたりくっついたりするプレートテクトニクス運動を簡単に説明します。

・地球内部に高温のコアがある。コアの上層にはマントルがある。
・コアによって温められたマントルが対流する
・対流とは温かいものは上に上がり、冷たいものは下に下がる事。
・味噌汁を熱すると味噌が上がって来ては沈むのと同じ原理。
・マントルの上にはプレート(地殻)がある。
・対流するマントルの動きに引っ張られて地殻(プレート)も動く。
・地殻変動が起き、大陸が離れたりくっついたりする。

あとがき2

作中で女神たちが「下の連中」と言って居るのがコアであり、女神たちはマントルの化身です。マントル対流の働きによって、女神たちは湖に出てきます。湖の外に出られないのは、身体が熱いからです。湖や泉、川の水面などで身体を冷やし、また沈んでいきます。陸地に上がると更に冷えて固まってしまい、マントルに戻れなくなってしまいます。

地球のコアは鉄の海が拡がっており、その中心に、月より大きな鉄の塊が浮かんでいるそうです。このコアは地球誕生時にはなく、数十億年かけて、当時まだ生命が生きて行かれない程の濃度で海水に存在していた重金属が地球内部に落ち込んで行く事により、鉄の海が形成されていったとされています。作中で女神が言っている「黙っていても鉄が流れ込んで来ていた昔」とはこの辺りの事を言っています。

地球内部の高温の鉄の塊はやがて磁力を帯びるようになり、地球に磁場を形成。その磁場が有害な宇宙線から地表を守り、生命誕生のきっかけとなっていきます。女神たちが言っている『下の連中が鉄で世界を作っている』とはこの事です。

数億年後、プレートテクトニクスが停止してしまうと、コアが磁場を形成しなくなり、地表に再び有害な宇宙線が降り注ぎ、生命が存在出来ない状態になってしまうそうです。

そんな訳でマントル女神たちは、せっせと鉄を集めています。

女神たちの設定

以下は、あまりプレートテクトニクスとは関係ない、ゆるっとしたファンタジー設定です。

・女神は死んだ命の再利用品
命が死んで大地に還り、命に宿っていた意識を拾い上げて集めたものが女神になります。

・人間くさい理由
あの女神たちは人間相手に鉄を手に入れる為に進化したものなので、人間に近い形、人間に近い感性を備えています。人間が見て「うわ、キモ!」となっては話も聞いてくれませんし、人間とあまりにも感性がかけ離れていると人間の特性を利用して人間から鉄を得る事が出来ません。マントルが、人間から効率よく鉄を得る為に『女神』と言う存在に擬態しています。

・服を買うとは
地中には勿論、鉄ばかりではなく様々な鉱物が存在しています。マントル女神たちは対流する事でそれらを集めたりして服を作ったりしているのかもしれません。金や銀もそこで得ているに違いありません。

。ヤケに現代的な言葉遣い
様々な意識や知性が溶け合って出来ている女神たちは、頭の中にインターネットがあるようなイメージです。そんな女神たちが、人間より長い年月を生きているなら、人間がいずれ生み出すであろう言葉や概念、知識に既に到達していてもおかしくないと考えています(到達していないものもあります)。そう言った、一歩先行く観点から、神は人を導くものだと思っています。

ただ、知性は非常に高度で複雑ですが、人間に似せた事で感情を持っているので、知性だけが前面に出る事はなく、非合理的な判断を下しがちです。

あとがき3

木こりたち

当初は、正直な木こりが木を切って、その次の日は欲張りな木こりが木を切って…のサイクルを想定していました。そんなに毎日木ばっかり切り倒していたら森がなくなります、と言うか、木を切り倒す事が木こりの仕事ではなく(勿論その一面もあるけれど)、切った木を売らなければ生活出来ません。

なので、木を切り倒した日は、翌日運び出しやすいように木を更に短く切っておく事が必要で、翌日その木を人里に下ろしてお金に変えると言うサイクルが必要だと気付き、欲張りな木こりは木を切りに行く事をさせませんでした。

木を運ぶ運搬ルートを作るのも木こりの仕事ですし、森を保全するのも木こりの仕事です(めちゃくちゃに木を切って木が生えなくなれば商売上がったり)。木こりたちが住んでいるのは人里から少し離れた里山を想定しています。そこまで広い森を管理している訳ではありません。

売る為の木を切る訳ではなく、里山の保全の為(他の木の生育の邪魔になるなどの理由)に切った木は、売らずにそのまま放置する事もあるそうです。その木が自然に還り、土を豊かにする事もあるので。また、切り倒すけど売ってもお金にならないものはそのまま放置するしかないそうです(微妙に曲がってる木とかは、建材としてあまり求められていない)。

そんな、今まではただ放置するだけだった木ですが、価値の低いものから価値の高いものを生み出す、と言う観点を得た欲張りな木こりは、この木を持ち帰り、キノコの原木栽培を始めます。当初の想定通りに錬金術師にはなりませんでしたが、キノコ栽培家としてそこそこの成功を得る訳です。正直な木こりは「欲張りな木こりくんはスゴいなぁ」と感心したりします。

あとがき4

その後

キノコの原木栽培ビジネス。そこに倒された木を使い始めると、木が森に還る循環が滞りがちになります。けれど稼げる方法があればそれを手放せないのも人の性。「楽したい」は人間の基本的な欲求です。結果、やがて産業革命の時代に突入していきます。

工業化が進めば重金属が河川に排出されるようにもなります。人が欲をかいた結果、女神たちには嬉しい鉄大量ゲットの時代がやって来るのです。欲張りな木こりが考察している通り、女神たちは人の善悪には無頓着な存在です。いいぞもっとやれ、と女神たちは思っているに違いありません。

しかし、女神たちが喜ぶ鉄の黄金期こと黒鉄期は、人間にとっては生態系を破壊するマズい事態なので、重金属の廃液の適切な処理など、人間はしっかり知恵を絞って対策し、環境と付き合っています。


私達の活動や文化は、女神を喜ばせていないかどうか。
そんな風な観点から地球環境を捉えてみても面白いな、と言うお話でした。

あとがき5

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