謎の鳥のコロッケ

 異世界に飛ばされて尚、俺は引きこもっているのだった。


 好物の野菜コロッケを鍋で揚げている最中、飲んでいたビールをひっくり返してしまい、そのままビールが鍋に入って引火。火だるまとなり死亡。意味のない人生に飽き飽きしていたところようやくお陀仏かと思った矢先、不可思議な空間にて奇妙な存在に問われた二択。



「汝、罪深き者なり。故に、現世にて苦しみ生きるか、新たなる生を進むか、いずれにて禊ぐ」



 偉そうに。何様だこの野郎馬鹿野郎。

 という言葉をグッと飲み込み後者を選択。機嫌を損ねて勝手に決められたらたまったものではない。全身火傷で生き永らえ苦しむくらいなら、ばっさりと今を諦めワンチャン来世。一から始めれば多少は希望も持てるだろう。さ、頑張るぞ。えいえい、むんと意気込み新たにおぎゃる決意を固めたのである。



 そんなわけでわけのわからぬ異世界で生を受けこうして生活を営んでいるわけだがこの世界、よくあるインチキ中世感。いわば剣と魔法のファンタジー。テンプレートアンドテンプレート。好きだねこういうの。

 で、ここ、現代と違って法の制約が薄いものだから、俺のような人間には返って生きやすい。金は事務系の何でも屋みたいなもので稼げるし(この世界の知的水準が低くてよかった!)、稼げるのだから実家から出て行かなくともよいのだ。あれこれ煩かった元母親のババアと違ってこっちの母親は随分気にかけてくれてありがたい。これでカルマが落とせるのであれば、気楽なものだ。


 とはいえ、娯楽が少ないのはやはり難点。PCは勿論ゲームや漫画がないのは致命的に退屈。しかもこの村は山村であるからして、できる事なんていったら釣りやキャンプみたいなアウトドアばかり。生憎俺は外が嫌いだ。わざわざ自然の中で魚釣って食べて一夜を過ごすって正気ですか? 何が楽しいんだそんなもん。絶対徹夜で酒飲みながらアニメ観てた方が楽しいだろう。ま、そのアニメがないんですけどね!

 故に、気晴らしはもっぱら料理を作って食べるくらいなものである。そんなわけで今日はコロッケ。俺を焼き殺した料理だが、好物である事に変わりなく、やはり定期的に口に入れたくなる。外はサックリ、中はしっとりモイスチャーな食感がいいよね。コロッケだったら何個でも入るよ俺は。コロッケ人を名乗ってもいいくらいにコロッケ好きの自負はある。いってみれば人間コロ助。キテレツ〜〜〜コロッケが食べたいなり〜〜〜〜と甲高く叫ぶ俺の心の声が、この世界でもコロッケ作りを行わせるのであった。ビバコロッケ。美味しいお芋を作ってくだすった人達にさんきゅー。


 しかしこの世界でコロッケを作るにあたり問題が一つあった。食材がまるで違うので、試行錯誤の苦労が絶えないのだ。先日などジャガイモに似ている野菜を擦り潰して揚げてみたらかき揚げみたいな味になってしまった。なんだあの野菜は。ふざけている。二度と使わねぇ。


 なので今回は安牌のミートコロッケに決定。肉はこの時代まだ冷凍保存技術が確立されていないので干し肉か猟師のおこぼれを貰う他ないのだが、今日は俺が仕掛けた罠に謎の野鳥が掛かったためこれを使っていく。哀れな囚われた謎の野鳥を一撃で苦しまずに殺し、血を抜き洗って羽根をむしれば準備は完了。骨を除いて、もも肉と胸肉をミンチミンチミンチ。そこへナツメグめいた香辛料とニンニクのようなもの、限りなく生姜に近い何か、ネギに似たものを混ぜてこねる(本当は胡椒や塩を入れたいがここでは貴重品故不可能。早く流通ルートできねぇかなぁ)。後は卵に浸してパン粉(小麦や米はあるんだよなぁ何故か)を眩し揚げるだけ。はい。できました。肉のみコロッケ。メンチカツ? どこの料理だそれは。そんな事よりソースよ。果物を潰して作った俺の特製品。中々のテイスト。これをかけていざ実食。うん。後一歩。不味くはないが、やはり調味料が足りん。地図の外れの片田舎だから仕方ないとはいえ、なんだかなぁ……


 ……都会には、あるらしいんだよなぁ。塩胡椒。食材も、豊富だろうなぁ……

 ……確か、近々役人の採用試験があるとかないとか。



 公務員。なんと素敵な響きか。安定した給料と生活。今に不満はないとはいえ、将来的な事を考えるとなくはない選択肢。そもそも俺が引きこもりになったのは現代社会の生きづらさに起因する。画一的な学校教育から受験競争に就職活動。働きに出れば上司や取引先に媚びへつらい同僚とは出世争い。部下相手にはともかくフォロー。考えるだけでしんどみしかない。まぁ俺は実際に働きになど出た事ないのだが、想像すればするほど無理みで病み増し。無理無理無理。無理なのでずっと家に篭っていた毎日。それも衣食住。殊更食に不便がなかったため耐えられた。その食に難がある現状、如何ともし難く。しかし引きこもり生活は捨てがたい。社会は怖いからなぁ……ま、ちょっと、考えておくか。




 一味足らぬコロッケを噛み締め、新たな人生を思う。別段今の生活に苦労はないが、あぁ、コロッケ。美味しいコロッケ。頭に浮かぶのは、衣を纏ったポテトコロッケ。



 ちゃんとしたコロッケ、食べたいなぁ……よし、受けるか! 役人試験!



 こうして俺は、家を出た。

 再びコロッケを食べられると信じて。

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