横浜のクラゲ

 港から見える水面は赤潮に染まって、褐色だった。


「見て、クラゲが浮いてる」


 彼女が指差した方向に目をやると、確かに小さなクラゲがプカリと浮かんでいた。小さく半透明なクラゲが、錆びた海の中でじっとしていた。
 このクラゲは普段、自分で餌を探して食べ、生命活動を停止したら海底へ沈み、生物ポンプとなって炭素をくみ上げる役割を果たすのだろう。自然生物の一部として、自身の役割をまっとうするのだ。
 俺はクラゲのようにはなれない。社会からはみ出した人間は生涯はみ出したままで、他者からの施しを受けようとも俺自身は糞尿しか出せない。俺は底辺の中で、誰かからの恵みによって生かされるばかりなのだ。


「お昼にしましょうか」


 彼女の提案に「うん」と答えて、近くの定食屋に入った。彼女はうどん。俺はそばを頼んだ。会計は彼女持ちだった。


「存外イケるものだね。お値段も安くって、なんだか得した感じ」


 そんな事はなかった。不味かった。けれど、彼女が金を出した以上、俺に文句を言う権利はない。愛想笑いを浮かべて、不味いそばを手繰った。

 味気ない食事を終えて店の外に出ると磯の香りがした。それからブラリと近くを散歩して、また元の場所に戻ってきた。クラゲはもういなかった。どこかへ行ってしまったのか、それとも死んだのか。
 俺はクラゲが、湘南か鎌倉の浜にでも打ち上がって干からびてほしいと願った。「クラゲよ、どうか、俺を一人に、俺だけを駄目にしないでくれ」と懇願したのだ。


「夜は、何を食べましょうか」

 
 彼女の問に俺は答える。


「君が食べたいものにしよう」



 俺は、誰かからの恵みによって生きている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?