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久しぶりに前髪を作ってみた

 おにぎりの形を思い浮かべてみてください。


 三角のものが多いわよね。三角でも、角が鋭くない、ちょっとふっくらまるみを帯びたなんとなく三角。
 
 リモートで両親と話していると、私を見て「おにぎりみたいだよね」と父が言った。言いながら、ほっぺたの回りを囲うように両手で形作っている。

 えっ。

 なにそれ聞き捨てならない! どういう意味よ。

 ムムムとなりかけたら、画面の向こうの母が「そんなことないわよ! そんなことない! 何言ってるのよ!(父に向かって) そんなことないわよ!」と突然大さわぎしている。
 「なんかおばあちゃんが必死で否定してる」と、同時にリモート画面にいる息子に言うと息子が爆笑している。
 わはは!

 画面にいるみんなが、私を含めて大笑いしている。

 ところで……。


 みんな。
 おにぎりの意味を教えてよ。

 私の髪型の話?
 それとも。

 顔の形??

 更年期ってどうしても太る。体質によるだろうけど、それまで太っていなくても太っていく人は多い。身体だけでなく顔もアゴまわりがたくましくなるのを写真を見て知る。
 それを劣化だの残念だの、女優さんたちを見て好き勝手に言う人たちの何と多いことか。
 こっちの方が自然なんだよ!
 太らない人は、努力ができるていどに更年期症状が軽いうらやましい人か、ただのやせ型のうらやましい人だよ。うらやましい。
 「若い人は」って言われる気持ちを知っているなら、「おばさんは」って言わないでほしい。
 「どうせみんな、こうなるんだよ」って錦鯉まさのりも言ってるじゃないか。

 なんてね。
 強気な時はそんな風に思えるのに、おにぎりと言われておおいに戸惑う私がいる。

 きっと髪型を含めた顔の形。額の少し右側からパッカリ髪の毛が分けられ、アゴのライン辺りまで伸びている。下に行くほど髪の毛も膨らんでいて。しばらくカット行ってないし。全体を含めておにぎりみたいだと父は思ったのだろう。と信じたい。

 リモートを終えて夫に言う。
 「おにぎりって言われたよ! ひどくない?」

 うん。うん。そうだね。でもおにぎりってひどいのかなあ。

 「おにぎりってどういう意味だろう! 髪型かな。それとも顔の形かなあ!」

 うん。うん。どういう意味だろうねえ。

 「……。」

 だれも教えてくれない。でも本当に教えてほしいわけではないからそれ以上、追求もしない。

 だから苦肉の策で、前髪を作ることにした。


 美容師さんに言った。

 「こんなに長年がんばって前髪伸ばして、それに慣れてしばらく経ったのに、やっぱり前髪作ろうと思うんですよ」

 おおそうですか。

 「父におにぎりみたいって言われたんです」

 ははは!

 「そのおにぎりは、髪型なのか、はたまた顔がしもぶくれになったからなのか。父はすごく紳士なのにデリカシーないところがあるんですよ」

 ははは!

 「そして家族の誰もおにぎりの意味を教えてくれないんですよ」

 ははははは!

 「ははははは!」


 ……。

 美容師さんも教えてくれない。

 本当は流れるようにななめに、厚めの前髪を作りたいなと思い描いていた。
 だけど美容師さんがハサミを入れ、ヒザに落ちてきた髪はやはり長い。思わずその束をつまみ上げて「こんなにがんばったんですね私」と言った。前髪伸ばしてそれが定着して、もう何年も経つんですもんね。前髪があるってどんな感じだっけ。似合うかな私。急に気持ちがオロオロしてきた。

 そんな私を見た美容師さんはえんりょしてしまって、「ひさしぶりだから少しにしましょう。それで良いなと思ったら次回もっと切って前髪増やしていきませんか?」と言う。
 なので薄めの前髪になった。

 でもとりあえず前髪ができた。

 「前髪があってこのくらいの髪の長さって、全体的に阿佐ヶ谷姉妹みたいじゃないだろうか」
 今度はそれが心配になった。何しろ老眼鏡のフレームカラーはピンクだ。

 阿佐ヶ谷姉妹がイヤなんじゃない。彼女たちはほぼ私と同い年だ。単に、知っている誰かみたいって例えられるのが恥ずかしい。

 「可愛くなったね」
 夫が言ってくれた。
 夫は私が髪を切った後、私がアピールさえすればちゃんと見なくても、いつでも「似合うよ。可愛い可愛い」と言う。そこに真実があるかどうかなんてどうだって良いのだ。お互いに。

 いつもありがとう。
 今回もありがとう。

 でも「前髪作っておにぎりみたいじゃなくなった?」と聞くと「おにぎりみたいじゃないよ」と言って笑っている。

 やっぱり私はその日の朝までおにぎりみたいだったんだ。

 顔の両サイドにぺったり海苔のように見えなくもなかった髪を切り、前髪を作ったことで髪型だけでも少しおにぎりからはなれられた気がする。
 ただおかっぱ頭の形に海苔を切って貼ったおにぎりを作る人たちもいるようで、その写真を見ておののいたけど。

 その後、父には怖くて聞いていない。けっきょく真実はどうだって良いのだ。

 もうおにぎりみたいだなんて言わないで。

 あっ。もちろんおにぎりは大好きです。念のため。



読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。