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Chapter III:SAFE HAVEN


中東の緊張、質への逃避


中東における緊張が高まる。イスラエルのネタニヤフ首相は28日夜、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスとの戦闘が「第2段階」に入ったと表明、地上侵攻は「長く難しい」ものになると警告した。イスラエルとハマスの衝突が急速にエスカレートしていく中で、世界中の投資家はセーフヘイブン(安全な逃避先)を求めている。


金価格の急騰


特に「安全資産」とされるドル建ての金価格は、中東情勢リスク悪化の高まりを受けて10月9日の週明けから急騰している。金価格は米長期金利の急上昇で、23年4月13日につけた1トロイオンスあたり2,048.45ドルの年初来高値から1,800ドル台前半まで大幅に調整されていた。米10年国債利回りは半年で約1.7%上昇したが、金利が上昇すると、利息を生まない金の相対的な魅力は低下し、金価格の主な下落要因となる。(図表1参照)

図表1:ニューヨーク金先物(左軸:ドル/トロイオンス)
米10年国債利回り(右軸)

一方で金需要は2022年以降、インフレ圧力やロシアのウクライナ侵攻による地政学的な不確実性の高まりなどを背景に新興国を中心に大きく増加してきた(図表2参照)22年の世界各国の中央銀行による純購入量(購入から売却を除いた値)は1135トンと、データのある1950年以来で最高水準となっている。新興国がドルへの過度な依存を避けるため、保有資産を分散させていることなどが価格の下支え要因となっている他、不安定な債権市場のリスクヘッジとしてのリザーヴ需要が高い

図表2:各国中央銀行の金需要の推移
Source:World Gold Council

金ETFでは資金流出

FRBがインフレ対応を進める中で、政治経済情勢に対する市場参加者の「不確実性」に対するリスクはドル・債券・株への投資 警戒感を高めている。投資対象としての金の需要を、現物の金を裏付け資産とする金ETFの需要で調べると、資金流出超の傾向が続いている(図表3参照)

高まる金融市場の不確実性にヘッジ資産として地金が選ばれる一方で、世界的な金利上昇に伴い、積極的な投資としての金や世界株式などの相対的な魅力度が低下している。

図表3:金ETF等を経由した金需要推移
Source:World Gold Council


伝統的な分散投資が通用しない

政治経済情勢や中東の紛争がクオリティ(質)への逃避を促す一方で、伝統的に選ばれてきた債券は、米国の財政赤字膨張による米国債の増発という、相反する要因をてんびんにかけなければならない。債券が増発されれば債券価格は下がり金利は上昇する

株式60%・債券40%という伝統的なポートフォリオは今最悪期を迎えている。資産全般にリスクの分散を目指すクオンツ投資にとって、いわゆるリスクパリティー戦略のパフォーマンスは今月最悪となった(図表4参照)

図表4:代表的な分散型投資ETFのパフォーマンス
RPAR Risk Parity ETF

ウォール街の定型的な株式債券の組み合わせは、もはや通用しない。これが定着すれば、株式60%・債券40%というような標準的なポートフォリオのリスクが増大し、大きな意味あいを持つ新たな時代に入る可能性が示唆される。

様々な問題を抱えた伝統的市場や地政学的混乱から、新時代のセーフヘイブン(安全な逃避先)として輝きを取り戻そうとする資産がある。それがビットコイン


新時代の資産の選択


ビットコインは伝統的に金と比較されることが多いが、「安全資産としてのビットコイン」というフレーズは長らく懐疑的に見られてきた。市場が緊張状態にある際や高インフレ期に投資家が頼ることのできる安全資産、すなわち”デジタル・ゴールド”だというのが一部ビットコイン支持者の見解ではあるが、過去においてデジタル資産は市場が緊張状態にあるような状況では、幾度かの例外を除けば基本的に株価と共に暴落してきた。

しかし最近では、ビットコインに対する見方が変わりつつあることを示唆する動きが見られる。今年3月には、地銀の連鎖破綻による銀行セクターへの信用不安が広がる中、金と同様に逃避資産として買いが強まると、米株式市場との相関性は薄れている。過去10年と直近6ヶ月における他資産との相関性を比べると、米株式市場との相関はほぼ"0"となった一方で、現在、ビットコインは金と同期して動いている傾向を示している。

図表5:ビットコインとの相関係数

ビットコイン価格を支えているのは

ビットコインは今週、3万4000ドルを超えて、年初から2倍に上昇している。急騰の引き金となった2つのETF関連ニュースは完全な誤報であったことが既にわかっている。

16日には世界最大の資産運用会社ブラックロック(BlackRock)のビットコインETF申請が承認を得たと伝わると、すぐに3万ドルを超えたが、数分以内にツイートは誤りであったことが明らかになり、その上昇分の一部を失った。

更に23日には、一部の観測筋がブラックロックのビットコインETFのティッカーがアメリカの証券清算・決済機関DTCC(デポジトリー・トラスト・アンド・クリアリング・コーポレーション)のWebサイトに掲載されていることに気づいた

SECによる承認が間近に迫っていると受け取った市場参加者によって23日夕方には価格は3万5000ドルまで急騰する。

しかし、翌24日夕方には、ティッカーは数カ月前から掲載されているのが分かる。だが、ビットコイン価格は23日の高値にきわめて近い水準にとどまっている。

フェイクニュースと分かった後も価格の下落は僅かで、これにはETFへの期待以上の力が働いているようだ。複雑かつ不安定な金融市場、高まる地政学的リスクがその背景にある。伝統的なヘッジ手段は期待を裏切り、世界中のファンドマネージャーは困惑しているだろう。この複雑な市場構造において、ビットコインは新しい時代の資産として目を引く存在となっている。


”デジタルゴールド”変革の時

渦中のブラックロックCEOラリーフィンクは、最近急騰したビットコインの値動きを「質への逃避」="flight to quality"と評し、ヘッジファンド界の大物ポール・チューダー・ジョーンズ(Paul Tudor Jones)は、地政学的リスクと「手に負えない」米国債務水準が株式の保有を困難にするとしたうえで、ゴールドとビットコインを魅力的な投資オプションとしてアピールしている。

これまでみてきたように、今のビットコインを後押ししているのは、スポットETF承認をめぐる期待感だけではなく、進展するマクロ経済と地政学的状況における「クオリティへの逃避」として、その価値を大きく見直され始めている。ビットコインのような伝統的資産と相関性を持たない資産は分散投資の有力なユースケースになり得ることを証明していくことになるだろう

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