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大きな方の収穫のひとつ(#5 川根本町)

ひと息に行こう。川根本町は、私が初めて横浜の実家を正式に出て、自己名義の世帯をもつことになった場所であり、といっても他人の家を借りて、しかもその家をシェアハウスなんてものにして複数人で暮らしているのだから、なかなか込み入ってはいるのだけど、いずれにしても祝すべき社会的独り立ちの足跡刻まれし地ということになると思うわけだが、率直なところひとり暮らしというのは新宿とか渋谷とかの大都会の周辺、JRだか東京メトロだかで数駅外れたあたりの安賃貸から始まるものだとばかり思いこんでいたので、唯一の鐡道すら断絶した辺境にどういうわけかやってきてしまったことには相当の戸惑いがあったことは否定できないし、いまやかれこれ一年以上この町に暮らしていて、当初の迷いが、消えたのか慣れただけなのかははっきりとは言えないまでも、意識の真ん中にうずくまることを辞め、この町での生活が、仮に死の間際に自伝を書くとしたら(相当紙幅がせっぱ詰まっていない限り)省略するわけにはいかないであろう項目へとむくむく意味を帯び始めた今でも、あらためてこの気まぐれな人生の折れ曲がりに思いを馳せると、「ほぉ…」という、間抜けな響きではぐらかさないことには取り扱えないような気分になったりもする、なんてことを書きながらいま思ったことがひとつあって、つまりこれはそもそも社会的独り立ちなのかどうか疑わしいということである、というのも、もちろん生活に困らない程度の金は稼いでいるし、身のまわりのことは基本的に自分でやりくりしているから、まぁ何かしらの意味においては独り立ちであることにはあるとは思うのだけれど、社会的なそれかと言われると首をかしげざるを得ない、つまり社会のなかに自分がどんな位置を占めているのかということがいまいち見えてこない、気軽な言い回しをすれば、はたして自分は社会人なのでしょうか、とこれは自問自答で、しかも出題側も回答側もそこまで真剣に向き合っているわけではないらしいので、さらっと答えてしまうが、結論はNo、Non、Nein、否、国際的共時的通念からして非社会人ということになるのだと思う、といっても社会という語は伸縮自在で、それらへの配属の次元も、世界市民から川根町民まで、実にいろいろあるわけであり、とすれば、少なくとも川根本町という小社会においては、私も社会人の振りをすることにいちおう成功しているのではないかと、生徒の落第を救ってあげる寛大な採点官のごとき気分で考えているわけで、さて、個人的に社会というものをどこまで広げて実感していくことになるかは全くこれから次第だが、いやむしろそんな実感なしにタフにやっていく道もあるかもしれないが、いずれにしても川根本町という町に移住して、そこにある世界に組み込まれている感覚を少なからず得たという主観的な体験は、過去をふり返っても、大きな方の収穫のひとつだと思う。

かわねの生きモノ6000分の1 サエキ

サエキの生態(プロフィール)
1997年神奈川県横浜市にて、何も考えず、生まれる。2023年5月川根本町へ、何も考えていないふりをして、移住。現在、町内にて、何か考えているふりをしている。散らかった日常をいくつか切り分けるならば、本を売ったり、学校で教えたり、話を聴いて文章を書いたり、畑や木工に挑戦したりしている。川根ではない場所に移住したとしたら、徳島県の美馬か奈良県の吉野、あるいは実家から近いですが神奈川県の逗子だったかもしれません。よろしくお願いいたします。