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【感想文】成瀬は天下を取りにいく

読み終わってふと、中学時代の同級生を思い出した。
彼女の家にはグランドピアノがあった。ピアノのコンクールに出るような芸術肌で、美術の時間には一所懸命鯖の塩焼きを紙粘土で作り、休み時間に歌詞を書いたり、絵を描いて賞をもらったり、かと思えば合気道を始めてみたり、いわゆる「ちょっと変わってるよね」と言われるような人だった。私は、そんな彼女のことが大好きで、憧れてもいて、要するに友達だったんだけれど、今ではほとんど連絡を取れていない。

だから、打算なく傍にいてくれる島崎の存在が、とっても素敵だと思った。

最近は硬い文章を多く読んでいたのもあって、読みやすい文体で書かれていたことが良い息抜きとなり、サクサクと読んでしまった。
いくつか好きなポイントはあるけど、一番好きなのは「レッツゴーミシガン」かもしれない。結果として叶わなかった一つの恋だが、最後に「手紙を書こう」で締めくくられているのがいい。西浦くんが諦めてないことに安堵したのもあるけど、何より成瀬の生き方に寄り添おうとしている優しさが良かった。
一方で、なかなか価値観の壁を突破できない中橋くんとの距離がいい。対比して、西浦くんの、成瀬に対する懐の深さがよく表れていたように思う。
果たしていつか成瀬に恋人ができたとき、島崎はどんな反応をするだろう。まさか成瀬に、と驚いた後で、成瀬の隣でずっと見ているのは私しかいないと思った、なんていう独占欲、あるいは対抗心がふつふつと沸き上がりそうでほほえましい。
島崎に彼氏ができても「よかったな。いい男じゃないか」などとあっさりした反応をしそうな成瀬だけれど、ひょっとして無自覚のうちにショックをうけているかも。そんなことを想像できてしまうくらい、キャラクターが生き生きしていた。

「線がつながる」の大貫さんも、非常に切なくて、かわいくて、甘酸っぱさが残る。いつか彼女が自分の青春時代を振り返ったときに、間違っても「孤独だった」などと思わないでほしい。確かに部活や恋愛で華々しい生活でなかったかもしれないが、こつこつと勉強を重ねて、それがきっかけで誰かと通じ合えた日々は、まぎれもなく青春そのもの。
なんて、老婆心が過ぎるか。

さっそく続きを買ったので、週明けから読んでいこうと思う。
仕事で疲れた心に、朗らかで優しい少年少女の柔らかい輝きが心地よく染みる、そんな本でした。

宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』
新潮社/2023.3.15
ISBN-978-4-10-354951-2


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