やりたいことは全部やるべきか

 ベランダでミントを育て始めた。虫よけになるらしいと聞いて育てたが、もちろん食用目的もある。レモンと一緒に炭酸水で割るとさっぱりして、夏にぴったりのドリンクになるし、ただのフルーチェにミントを添えるだけで、なぜかぐっと高級感が出るから不思議だ。バニラアイスも一気にデパートの雰囲気を醸し出す。
 ほかに、哲学の勉強を始めた。これはかねてからやってみたかったことの一つで、高校生ぐらいの頃からなぜか「倫理の資料集に載るような人になりたい」という、夢ともつかないような漠然とした憧れがあった。さすがに、そこまで立派な人間にすぐにはなれそうもないが、新たな学問の扉をたたくのは、好奇心が満たされるという点で、非常に嬉しい。

 私は昔から、やりたいことが定まらない人間で、1つのことを続けるというのが大層苦手だった。ピアノも中学でやめてしまったし、英語の勉強も気が向いたときにしかせず、あんなに好きだった絵を描くことも、いまではほとんどしていない。かろうじて続いているのは読書くらいだが、これも年々読む量は減ってきている。
 スポーツ選手や音楽家の、「3歳の頃からはじめていた」なんていうエピソードがうらやましくてしかたがない。同級生から、小さいころから習い事をしていた、なんて聞くと悔しかった。三つ子の魂百までとはよく言ったものだが、私が100までもっていく可能性があるのは食欲ぐらいのものだ。長く続けているというのは、それだけで羨望の対象となり、対して自分は、どうしてこうも飽き性なのかと思い悩む。もともとは医療に携わる人間になりたいと言っていたのに、途中で法律家にあこがれ、建築家にあこがれ、行きついた先は公務員だった。結局どれでもない、無難な道を選んでしまった。
 継続性がある、あるいは一貫性がある、あるいは、特定の分野にきわめて秀でている、という特性は、いずれも私にはないものだった。好奇心旺盛と言えばかろうじて聞こえはいいが、実のところ気分屋で、飽き性で、ミーハーなのが実態だ。
 
 ここ数年転職を検討しているが、言わば器用貧乏な自分に向いている仕事などなく、培ったスキルもないため、今後も今の仕事を続けているのは簡単に想像できる。しかし、この壁を突破したいと思う。切実に。

 ならどうしたらいいか。どんな仕事に就こうか、と考えだしても、まだまだやりたいことがあって1つに絞れない。プログラミングやデザインの勉強もしてみたいし、ライター職もできたら、などと考える。学芸員の資格も取りたいし、現状「準」で止まっているデジタルアーキビストも勉強して、世界遺産検定の1級もほしくて、日本茶の検定なんかもおもしろそうだな、と思う。人文学部系であることは間違いないが、それ以上のカテゴリがない。悩ましい。どれを取り組むべきか、とうんうん悩んでいた時にふと、全部やってしまおうか、と思った。転職に今すぐつながらないかもしれない。結局は自分に向かないな、で終わってしまうかもしれない。でもいつか病床に臥した時や、交通事故で自分の走馬灯を見た時に、「ああ、あの時にプログラミングを勉強していれば」なんてことで悩みたくはない。

 UVERworldの曲に、「just break the limit!」という曲がある。

 

十八の時 始めるには遅いって諦めたピアノ 二十歳の時 同じ理由で思い閉じ込めて その二年後に諦めきれず 始めたピアノの 沢山のメロディーが 僕に今をくれた この曲も

UVERworld『Just break the limit!』

 

 この曲をよく聞いていたのは、それこそ18の時くらいで、「いやいやそうは言ってもピアノは小さいころから始めてないと意味ないって」などと天邪鬼なことを考えていた。
 そこから10年以上が経ってふと、「22歳で始めたとしても、30歳まで続けていれば十分すごいのではないか」と思った。そのきっかけは、ブラウザゲーム『刀剣乱舞』が9周年を迎えたと聞いて、知らないうちにもう9年、同じゲームをプレイしているのか、と気づいた時だった。こんなにあっけなく、9年も経ってしまうんだ。ではあの時にピアノを始めていたら今頃どうなっていただろう?
 さすがにピアノのコンクールで優勝できる人にはなれないと思うが、何もそれだけがゴールではない。私が中高生の時に自分に課していたゴールが、あまりにも遠すぎただけで、たとえ3歳から始めていなくても、部活からスポーツを始めても、生涯続けていくことはこれからだってできる。少なくとも、「継続性」の目標はいつからだって始められる。そこに気付くのに、また10年かけてしまったのが悔やまれるが、今年始めた哲学の勉強が、5年後の私に何をもたらしてくれるかはまだまだ未知数だ。そのころに続けていなくても、過去にやったという事実で救われるかもしれない。昔取った杵柄、というじゃないか。

 何よりも、興味のあることを全部やった人なんて、そんなにいない。しかもそれを続けてみたらどうなるだろう?そういう人もおもしろいかもしれない。そういう人に、私がなってみたいと思った。動機はこれで十分だ。

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