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ただそばにあるだけ そうだ本を読もう「第3回」きよしこ

わるいこととはつながるもので、意味のわからん悩みごとで眠れなくなり、筋トレをするも、筋肉痛で腕が上がらない日が4日ほど続き、ゲーセンで
100円を落とし、ケータイが壊れる。悲しき今日この頃いかかがおすごしでしょうか。

私は、元気で あなたもきっと元気でしょう。

㋘今回導入暗すぎだろ。

いやいや、冒頭だけだから、導入部分だけだからちょとだけだから、

㋘ちょっとだけっていっちゃん信じれんやん。

まあちゃんと本の解説にいかすためだからさ

㋘あっそ

まあこの後、いきなり宝くじがあたって、まあ10万ほどですが、スマホを最新機種にかえて、ゲーセンでほしいものが取れて、体が引き締まったので、結果オーライですね。いやーーーハッピーエンドだ。

㋘ん?、何言って、てかこの曲…

さて本題いきましょう。

㋘おい、無視すんな。


今回の本は、2月19から20日に読んだ。
きよしこ   
作者 重松清

お話にできるのは「ただ、そばにいる」
ということだ、とぼくは思う。

きよしこ、p13より引用

この本を一言でいうのなら、上の言葉のようにただそばにある、
作者の個人的なお話。

主人公の少年が、少年と呼ばれる期間から
大人、青年になるまでの話を時系列順に7つの物語にわけてえがいている。

きよしこ、乗り換え案内、どんぐりのココロ、北風ぴゅう太、ゲルマ
交差点、東京

どの話も、面白いとか、楽しいとか、まなびがあるというわけでは、ない
ただ、少年のことが書かれているだけだ。

でもその中になにか感じるのだ。少年や周りの人は、
現実にいるようなやつで、嫌なやつもいいやつもいる。
でも、どちらかで判断できない、いいやつのときがあると思えば
嫌なやつと読める日もある。

だから自分のことのように思うことも、
自分とは違うなと思うこともある。
少年と私は違うけど同じ人ではあるから。

重松清さんの話は、読むたび読むたび違う角度、風景を見せてくる。
昨日読んだとしても、今日読み直すと全く違うことを思うだろう。

だから何度でも読み直してほしい、この物語はそばにあるだけだ。
そこから何を感じるのかは、その日の君しだいなのだ。

㋘やけに抽象的だなおい

いや、この本を言語化するのは難しいよ。
あらすじだけ、まとめようとも思ったけど、なんかストーリーだけを知ることよりも、重松清さんの書いた言葉を読んで、
ネタバレとかなしにその目でみてかみしめて
ときどき思い出して、見返してほしいんだよ。

私の読んだ文庫本版は感想、解説?なんかが書いていたがそんなの読まずに
自分だけの感想をココロのなかで育ててほしいなって。

それがこの本の醍醐味だと思うのさ。

㋘んで、最初の導入のくだりはなんだったん

この本を読んだら私が一番ココロに残った話と
言葉がわかる様な仕掛けがあるのよ
7つのなかで1つだけ、もしかしてと引っかかるような話があってね。

㋘ああだから嘘っこしたんか

読んで暗いのがうつるのは、よくないからな。
明るくなるような、そんな記事がいいよね。



㋘:ツッコミ担当、
最近無量空所を使えるようになったらしいが、
六眼はもってないので披露できないらしい

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