2020.07.05 シッケニツヨクナール

梅雨真っ盛り。私はひどく落ち込んでいた。

「これからデートなのに、こんな雨じゃ髪のセットが台無しになっちゃう」

別にデートったって長年付き合っている相手なのだからヨレヨレな格好もたくさん見られているけれど、それでも二人で出かけるとなるとやはりきちんと可愛くいたいのだ。好きな人の隣を歩くのって幸せでなきゃいけないんだから。
しかし、そんな私の矜恃をよそに天気予報は明日の昼まで雨のマークをつけ続けている。今日は朝から降水確率90%、夜になってやっと60%。窓の外からはしとしとと降る雨音と、通学中の小学生のあめふりの歌が楽しげに聞こえてくる。雨を楽しく思っていたのって小学生の頃までだったな。中学に入ってからは、制服のスカートは濡れるし、靴下なんて校則で白と決められていたから泥跳ねが目立って恥ずかしかった。靴もビシャビシャ、図書室で借りた本を濡らしてしまった時は肝が冷えたなぁ。

外から聞こえるあめふりの歌。あの子たちもそのうち雨が嫌いになるんだろうか、雨なんてなんにも良い事無いんだから当たり前かも知れないけれど。

今日は三つ編みにしようと思いヘアゴムを探す。絡まないヘアゴムは確か洗面台に置いていたっけと見ると、買った覚えのないヘアスプレーがあった。

「なにコレ、『シッケニツヨクナール』…?小林製薬みたいな名前」

去年の今頃にでも買ったのだろうか。毎年梅雨になると手当たり次第にヘアケア商品を買ってしまうので、コレもそのうちの一つだったかも知れない。
ツイッターで調べてみると、どうやら使っている人はかなり多くどのツイートも「本当に湿気に強い!」と称賛ばかりだった。商品レビューに関してはコスメサイトよりもツイッターを信用しているので、去年の私は良い買い物をしたなぁと思い早速使ってみる。

「そんなに良いんなら、三つ編みはやめてゆるめのカールとかしちゃおうかな」

ヘアアイロンで大きめのカールをつけていく。全体的に巻けたらヘアスプレーをし、手櫛でざっくりととかした後もう一度ヘアスプレーをする。けっこうしっかりスプレーをしたにも関わらず、髪はガチガチになっていない。このやわらかさでキープ力がそんなに高いのかと不安にはなるが、ツイッターを信じているのでまぁ大丈夫だろうとヘアセットを終了した。


お気に入りの幾何学模様の傘を広げ、雨の日用のプチプラの革靴を履きバス停まで向かう。今日はどこへ行こうか、そういえば昨日のニュースで渋谷に新しい商業施設がオープンしたって見たな。そこに行こう、新しい水着でも買って、それからどうせオシャレなカフェとかが中に入っているだろうからそこでお茶をして、午後どうするかは二人で考えれば良いかな。

二人で出かける雨の日は少しだけ好きだ。今日は良いヘアスプレーもしているし、今までの雨の日で一番楽しい日になるかもな。なんて思いながら時刻表を見ると、時刻表が目の前で燃えた。

水溜りに反射して映る私のゆるいカールの、その一つ一つから湿気を蒸発させようと真っ赤な炎が吹き出していた。

「湿気に本当に強いんだ…」



本買ったりします、『不敬発言大全』が今一番気になっています。