着地点(たいした内容ではないです短いです)

 鹿の頭蓋骨の顛末の話を書いて満足して、しばらくしてから、違うわwwwと思い出した。
 その高速道路下から大谷地を抜け、江別まで行く途中にもいろんな古道具屋があったのだ。鹿の頭蓋骨の店は私のお気に入りだった。店主と配偶者の方とも仲良くしてもらってた。頻繁に通ってたから。
 仕事が忙しくなったのと動物骨格標本がそこそこ集まったのでそっち方面にはあまり行かなくなった。行かなくなって二十年くらい、そちらまで足をのばした。

方丈記冒頭

「玉しきの都の中にむねをならべいらかをあらそへる、たかきいやしき人のすまひは、代々を經て盡きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。或はこぞ破れ(やけイ)てことしは造り、あるは大家ほろびて小家となる。住む人もこれにおなじ。所もかはらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。」(青空文庫より)

 その古道具屋だけではなく街並みもいろいろ変わっていたそういうものだ。不動産建物は一生もの永久モノにみえるだろうがたかが数十年だ。あれを数百年もたすにはかなりの金がかかるしかも使いにくい住みにくい。壊して当然なのだ。私があの手の建物保存運動に冷淡なのは「あれは図面と模型と詳細写真がありゃいいのだ1/1モデルでのこしておかなくてもいいのだ」という思想をもっているから。

 想像通り、私の好きだった古道具屋はもうなかった。跡地に中古車屋の車が並んでいた。それも長持ちはしないだろう。いろいろ入れ替わるもんなのだ。

 そんななかで途中創成川沿いのポプラ並木に遭遇した。かなりの樹齢、背の高さもかなりある。そしてはるか遠くみえなくなるまでつながっている。これはかっこいいものだな、と思った。私の生きている間は大丈夫だろう。見事な並木だいい並木だ大阪維新どもよこっちにくるなよ。

結構かっこいい生でみるといい迫力


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