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加藤一二三 VS 阿部隆の衝撃 反則の剛腕 *将棋*

「あと何分ですか??????」

「答えなくていいですよ。そんなの。見たら分かんだから」

「フフフブフブフ、ヒヒヒビビヒヒ・・・。」



ヒフミン、ヒフミンと呼ばれ親しまれているのは加藤一二三九段。

だが、一昔前までは「カトピン」と呼ばれていた。
この呼称には少なくない、「蔑称」べっしょう、が含まれている。

……空打ち、デカイ空打ち、カナキリ声で残り時間をきく、何度も何度も同じ残り時間をきく、指しなおす、一度指した駒をコソッと指しなおす……

マナーがよろしくない。
対戦相手への慮りなどまあまず皆無。
強ければよい、強かったからよい、勝てばよい、勝ったからよい、大昔の将棋指しのエートスさながらに平成末までやってきた人物だ。

とくに、盤上での反則は目にあまっていた。
だが反則というものは、やった、やらないの水掛け論になりがちだ。
だから、加藤九段は平成になろうが頑なに反則をやめない。

しかし、テレビ対局というものは、どうしても足跡が残る。
本日は加藤一二三九段の反則が、白日のもとで立証された一局を紹介しよう。


2005年5月26日  
加藤一二三九段vs阿部隆八段 銀河戦
解説者:佐藤康光九段


勇者:阿部隆

2005年5月26日  
加藤一二三九段vs阿部隆八段 銀河戦
解説者:佐藤康光九段

この日も加藤九段は絶好調。
「あと何分?」
「あと何分??」
「あと何分???」
終盤戦にはいり、お馴染みのシュプレヒコールが始まる。

ここで物怖じしない阿部隆八段たち・・がやってくれた。
テレビから聴こえてきた音声を再現するとこうなる。

「あと何分ですか??????」

「答えなくていいですよ。そんなの。見たら分かんだから」

「フフフブフブフ、ヒヒヒビビヒヒ・・・。」

二段目は、阿部八段のまさに正論である。
なんたって、残り時間は加藤九段のわきに表示されている。
いちいち残り時間を棋譜読み上げの女流がこたえていたら、対戦相手にとって迷惑千万だ。
対局に専念できない。

「あと何分ですか????」

それまで何百何千と繰り返されてきた傍迷惑フレーズ。
これをデカイ声でいわれたらば、対局に専念できない。
みなが立ち竦んでいた伏魔殿であり、阿部隆八段がそこについにメスを入れた瞬間である。



助演:佐藤康光

「フフフブフブフ、ヒヒヒビビヒヒヒヒ・・・。」

阿部八段の正論につづくこの微かに木霊した声も、この歴史的一局を彩ってくれた。
これは、
解説者である佐藤康光九段忍び笑いであり、まずもって忌憚なき想いだ。
さすがのちに連盟会長になる男は違う。
なんたって将棋界の重鎮、加藤一二三九段をひそかに、だが確実に笑い飛ばしたのだから。

ここには、長年の将棋界隈の加藤九段にたいする鬱積した感情が観て聴いてとれる。



そして反則へ

「あと何分ですか????」
「答えなくていいですよ。そんなの。見たら分かんだから」

「フフフブフブフ、ヒヒヒビビヒヒ・・・。」(忍び笑)

ワタシはここをテレビで観ていて、腹抱えて笑っていた。
最高だ、カタルシスというものの最高峰を将棋に観た。
一昔前から将棋を観てきた人ならば、そういう人は多いはずだ。

だが、ことはこれだけでは終らない。
終盤も大詰めになって加藤九段がやらかした。



二手指しという恒例の果実

100手目。
加藤九段は、確実に△37桂不成、と着手。
指はいったん離れる。

しかし、ことあることか、然るのち、
△37桂成り、と駒をひっくり返した。

おそらくはこれも幾度となく繰り返されてきた傍迷惑であり、みなが立ち竦んでいた第二の伏魔殿だ。早い話しが二手指しの反則である。
たまりかねた阿部隆八段が、少し怯みながらもつっこむ。


阿部八段「ちゃんと、秒を、読んで下さいよ」加藤九段「まだ読んでないんでしょ」阿部八段「いやだから、ビデオテープ取ってるんだから後で見てくださいよ」加藤九段「いやだから、、離れて、、ない、、ですよ」

惜しむらくは、
二手指しに言及していないところだが、確実に伏魔殿に蹴りを入れてはいる。
棋譜読み上げの女流をスケープゴートにしているのは頂けないが、不可侵領域の方角に手袋を投げつけてはいる。



神武以来の天才 

2005年5月26日  
○加藤一二三九段vs阿部隆八段 銀河戦
 解説者:佐藤康光九段

この対局じつはこの後も続き、テレビ放送上は加藤一二三九段が、「勝った」ことになっている。
ここから指し続けた加藤九段はある意味凄いと思う。本当に、本当に凄い人物だ。
そりゃあ、神武このかたの天才と云われることはある。

しかし、これを銀河戦の視聴者は見逃さなかった。
放送終了後、
「これは、おかしいんじゃないか?」「明らかな反則だろ」「待ったじゃね」といったクレームが囲碁将棋チャンネルに殺到。

ことここに至りようやく連盟側も重い腰を上げた。
加藤九段の反則を認め、出場停止と対局料相当額の罰金を科すとコッソリ発表。
それまでの怨霊のようなものがコッソリ、だが確実に連盟内で爆発したのだろうねえ。



将棋指しから棋士へ

……空打ち、デカイ空打ち、カナキリ声で残り時間をきく、何度も何度も同じ残り時間をきく、指しなおす、一度指した駒をコソッと指しなおす……

加藤一二三九段のこれらは、将棋界隈のイメージダウンに一役かった。
少なくとも、小さかったワタシは、将棋指しって格好悪いなと思った。
まあ、昭和将棋のエートスだったと云われればそれまでだが、日本人の1人は間違いなく将棋を指すのをやめた。
昭和版の「観る将」誕生の瞬間である。


星霜幾年月。
いまや隔世の感しきりである。
すっかり、プロ棋士が格好よくなった。
まだメガネ率が若干高い気もするが、所詮はその程度。

洗練された人物が、どんどん将棋界隈にやってきてくれるようになった。
女流棋士だって、職業として選んでもらえるようになっている。

ありがとう。
本当に、ありがたいことだ。

もう、
「将棋指し」という蔑称べっしょう、含みでは呼ばれない。
いまいるのは、「棋士」という立派な人々だ。



「フフフブフブフ、ヒヒヒビビヒヒ・・・。」

こうした棋士の、人間らしいところが大好きだ。







「フフフブフブフ、ヒヒヒビビヒヒ・・・。」(忍び笑)




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