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ワインまでの距離

僕は、焼酎が大好きでした。
いや、今も好きですがあまり口にしなくなりました。
ビールも大好きですが、あまり口にしなくなりました。
日本酒は純米酒しか飲まないって公言しておきながら、今では純米酒も口にしなくなりました。

じゃあ、何飲んでいるのか?
十数年前なら、口にすることのない酒類NO.1として、物凄い距離を感じていたワインを飲んでいます。
遠い国で造られて、何ヵ月も船で揺られて来日するワインは、現地を知らぬ僕には、美味しくても、不味くても口にするまでのストーリーが感じられず 、おまけに儀式じみた開栓や飲むための所作など、決してすぐに馴染めるものではなかったのです。

さて僕はどうやって、自分とワインとの距離を縮めたのか?
今回はその事について書きます。

①チリワインの件
チャリンコが書いてあるエチケット。初めて飲んだのは、鰻谷の焼き鳥屋さんでした。品種はカベルネ・ソーヴィニヨン。当時はカルベネ?カベルネ?名前もろくに言えなかった…でも、何だか焼き鳥のタレに物凄く合って、今思えばタレに赤ワイン入れてやがったな!オヤジ。
後日、コンビニで発見。
あれ?ワインってこんなに安かった?
とりあえず、コープでまとめ買い。
ワインとの金銭的距離は、チリ産のチャリンコが縮めてくれました。カベルネ・ソーヴィニヨンとの出会いはこの時から始まってたんだね~。

②畑の件
前回登場した川岸商店の創業者である祖父のM。働き者である上に、畑や水田も管理するスーパーマン。しかし、周りの家族にとっては迷惑この上なし。
というのも、畑へ行ったら帰ってこない。配達をまとめて終わらせて、早く畑へ行こうとする。
常に祖父のペースで日々が進む。
そんな祖父が遺品の様に、プロパンガス倉庫の脇に植えたブドウの樹。確かデラウェアだった。そんなブドウの思い出が、遂に発芽したのが11年前の居酒屋ロンスターのマスターとの会話中でした。
畑を引き継いだものの、管理に手をやいていた父親に代わり、僕が管理する事になりました。
マスターに相談した瞬間から何を植えるかは、既に決まっていたのです。
マスター「ブドウの樹を植えて、ワイン造れ」半ば命令(注:マスターは決して悪い人ではありません)のように聞こえた僕は、草刈りから始めて、畑を耕し、畝を立てて、ネットで苗木を注文して待ちました。イメージにあったのは、マスターに見せてもらった、ナパのヴィンヤードの写真。
ブドウは棚栽培(ぶどう狩りのイメージで、上から釣り下がるブドウの房)という日本特有の栽培方法しか知らなかった僕は、垣根栽培(横一列に等間隔に植えて、枝を上に伸ばし腰の高さくらいでブドウの房を管理する栽培方法)のブドウ畑を見て「これなら僕にもできそう❗」と勘違いし、垣根栽培を選択しました。
実際に栽培を始めてからは、ベト病(よく発生するカビ病)で全滅の危機に瀕した事で、ガス配管の廃材利用を思い付き、ブドウを雨から守るレインカットを製作。現在は、何とか無農薬栽培を実践中。
そして栽培を始めて、四年目にKワイナリーで、十年目にK果實酒醸造所にて、僕の育てたブドウのみでワインを醸造していただける最高の幸せを味わいました。
という事で、ワインとの心理的距離は、祖父の残し
たブドウとロンスターマスターの命令
(注:マスターは決して悪い人ではありません)と
畑に植えた、たった五本のブドウが縮めてくれました。

③日本ワインとナチュラルワイン
2018年、遂に日本にもワインの法律が出来ました。
日本ワインというものが、どういうワインなのかを厳格に定めた法律です。
原料は、国内の畑で育てたブドウのみ。
そして、国内の醸造所で造ったワイン
というのが最低条件です。
この法律が施行された年に、僕は"ワインエキスパート"という資格を取得しました。ソムリエと同等の知識を有するという、飲み手の為の資格です。
勉強は苦ではなく、得られる知識が更に興味を呼び、もっと知りたい欲が。
絶妙のタイミングで、妻が酒販免許を取得(なかなか大変な作業でした。ご苦労様)してくれました。
免許と知りたい欲。これさえあれば行き着く先は"ワイナリー訪問"しかありませんでした。
当時は、日本ワイン元年と言うべき年で、新興ワイナリーが何処其処に開業すると言う情報が沢山の入ってきました。
旅行先と言えば、まずワイナリーを調べ、その近くに宿をとる、子供達も呆れを通りすぎて、ブドウ畑やワイナリーや自然を楽しんでくれました。
極めつけは、子供達を同居の両親に預け、妻と二人で深夜バスで訪れた山形県南陽市。早朝6時にGワイナリーに到着し、代表と固い握手。そのまま、現地のボランティアさん達と、昼過ぎまでぶっ通しで4トンのブドウを収穫。無農薬とは思えない宝石のような健全なブドウを目の当たりにして、名産地とは、こういう事かと実感しました。
ワインは、多々ある酒類の中でも、副原料や仕込み水、人工酵母さえもを使用しない醸造酒。
必要なのは"ブドウ"のみである。健全なブドウが実る名産地には、美味しいワインが必ず造られています。
しかも、ブドウ果汁をお酒にしてくれるのは、人ではなく、"野生酵母"である事実。
全てが新鮮で、懐かしくて、刺激的で、穏やかで。生まれて初めて、農業を身近に感じられました。
山形県の山間部の集落にある一軒家のテラスで、世界を代表する生産者のナチュラルワインを、日本を代表する醸造家やパイオニアの方々と飲み交わしながら見た満月は、何故か直視できないほど眩しかったです。
現在は、ワインとの距離を全く感じず、馴れ馴れしく肩を組めるほどの錯覚を覚えています。
ワインは、案外身近なお酒です。
遠ざけているのは、便利な道具や人工物で自然を支配しようとする"人のエゴ"かもしれませんね。

ご静読ありがとうございました。



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