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「打てば打つほど鬱になる」第三話

【第三話】

ある日の練習試合

「カアァァァン!」

打球が空高く上がっていく

打球の行方を見るチームメイト達、
相手投手、
そしてバットを放す市ノ瀬

市ノ瀬(あ…)(行ったかも)

打球はライトフェンスを越えていく

チームメイトA「うおぉぉぉ!入ったぁ!」
チームメイトB「凄ぇ!マジヤベぇって!」
チームメイトC「神だ!マジ神だ!」

市ノ瀬はゆっくりとベースを回りながら、いつものごとく思いを巡らせる

市ノ瀬(俺にはパワーが無い)
(故によっぽどのピンポイントでジャストミートしない限り俺の打球がフェンスを越えることはない)
(現にプロに行くような選手とは比べものにならない、これが高校通算3本目だ)

ホームベースを踏みながら市ノ瀬は呟いた

市ノ瀬「はぁ…」「鬱だ。」

タイトル『打てば打つほど鬱になる』

市ノ瀬(とはいえ、)
(ホームランはやっぱりちょっと嬉しい)

翌日、授業中、
市ノ瀬は頬杖をつきながら何かを考えていた

市ノ瀬(でも…)
(角度がつくあのポイントで捉えることの再現性を高めれば、俺ぐらいのパワーでももう少しホームランは増やせるか…?)
(多少打率は落ちてもホームランがそれなりに打てるようになれば、俺の肩と足でもひょっとして…何か、変わるか…?)

市ノ瀬はノートに色々な投球の球筋とスイング軌道の落書きをし始めた

市ノ瀬(いや…でも常にあんな真ん中やや内の綺麗なストレートなんて都合の良い球が来る訳がないし、ミートポイントの再現は現実的に考えて厳しいな…だとするとスイングの軌道をもう少し変えて…もうちょい下から…)

教師「市ノ瀬!」
市ノ瀬「あ…ハイ」

市ノ瀬は立ち上がった

教師「ボサっとするな!答えは何だ?」

教師が指した先の黒板には
「平安時代に清少納言が随筆『  』を執筆」との問題が書かれている

数秒の間を置き、市ノ瀬は答えた

市ノ瀬「清少納言が随筆『シン・ナゴン』を執筆。」

教師「バカモン!ふざけるな!」
生徒A「ギャハハハハ!」
生徒B「すげー、さすが市ノ瀬!」
生徒C「ギャグセン高ぇ~!」

教師「全く…しかしテストの点はきっちり取ってくるだけに成績を下げるワケにもいかんし…」
市ノ瀬「サーセン」

クラスメイトの笑い声の中、特に表情を変えることなく市ノ瀬は着席した

その夜

「ブン!」

市ノ瀬は自宅前の道路で素振りをしていた

「ブン!」

市ノ瀬「もうちょい体重移動も大きくしてみるか…」

市ノ瀬はバットを構え、大きなステップを踏み出す
「シ〜ン…」
「ナゴ〜…」
「ン!」

「ブン!」

夜の住宅街にスイング音が鳴り響いた

翌日、フリーバッティングの練習中
打席には難しい顔をした市ノ瀬が入っていた

「カァ~ン!」「…ポス」

打ち上がった平凡なフライは外野手のグラブに収まる

「カァア~ン!」「…ポス」

打ち上がった打球はまたも外野手のグラブに収まる

チームメイトA「珍しいな、イチがあんなに打ち上げんの」
チームメイトB「うん」

交代で打席から出てくる市ノ瀬に早川が声をかける

早川「何か試してんのか?」
市ノ瀬「あぁ、まぁちょっとね…」

その光景を腕組みをした監督が無言で見つめていた

数日後、相手校グラウンドでの練習試合にて

「カン…」

相手セカンド「オーライ!オーライ!」
「…パス」

アウトとなったバッター市ノ瀬はベンチに戻る

市ノ瀬「チッ…」

相手選手A「オーケー!ナイスピッチャー!」
相手選手B「このままリズム良くいこー!」

チームメイトA「珍しいな…イチが3打席ノーヒットなんて」
チームメイトB「いつ以来だ?」
チームメイトC「明日は雨か?」
チームメイトB「やったー、じゃあ練習休みじゃんw」
チームメイトA「ウェ~イw」

市ノ瀬(クソッ…)

試合は進み、また次の打席に向かう市ノ瀬に相手チームのベンチから声が飛んできた

相手スコアラー「バッター3番!ここまでライトフライ、ライトフライ、セカンドフライ!」
相手キャッチャー「オッケー!フライ行くぞ!声かけしっかりな!」
相手選手達「おぉーし!」
相手ピッチャー「セカンド、ファーストちょい下がって」「ポテンヒット警戒」

市ノ瀬「!」
(…ナメやがって…!)

打席に入る市ノ瀬はスパイクで足場をガツガツ固めながら、明らかに怒りに満ちた表情で聞こえるか聞こえないか位の声量で何かブツブツと呟いている

市ノ瀬「調子に乗りやがってガキ共が。何がポテン警戒だアホンダラ。たかが3打席でわかった気になってんじゃねーぞクソが。今日はこっちがどれだけの縛りを自らに課してやってやってんのかわかってんのかこのカスが。」

相手キャッチャー「?」

市ノ瀬「いいよわかったよ、やってやんよ畜生が。俺をナメた罪は重いからなクズ共が。格の違いを見せてやるよ虫ケラが。覚悟しとけよゴミ共が。」

戸惑いながら相手キャッチャーはサインを送る

相手キャッチャー(何か…ヤバいかも…)

サインに頷いたピッチャーが振りかぶり始める

相手キャッチャー(あ、やっぱちょっと一球様子見…)

「カァァァン!」

打球は三遊間を鋭くライナーで抜けていった

チームメイトA「うおぉぉ!」
チームメイトB「出た!オハコのレフト前!」

相手ピッチャー「え…マジかよ…」
相手キャッチャー「…!」

チームメイトA「チクショウ明日も晴天だ!」
チームメイトB「しゃーない練習ガンバロウ!」

その打撃に拍手が送られる

監督「美しいバッティングだ」

試合後、バスの車内で談笑する選手たち
そんな中、市ノ瀬は窓際の席でぼんやりと外を眺めている

市ノ瀬(結局…プライドを優先してしまった…)
(俺には我慢強さすら無いのか…)
(でも、こっちの方がやっぱり俺らしいと言えば俺らしいし…)

「はぁ…」
「鬱だ。」

バスは走っていく

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