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紙媒体のコレクション

川口市出身の自称読書家 川口竜也です!

小説や漫画などの蔵書以外にも、紙媒体をつい収集してしまう節がある。

例えば、映画や美術館の鑑賞券。前売り券のちょっと大きめのチケットはもちろん、ただの半券でも残している。

ほら、こういうのはちゃんと保管しておいたほうが、万が一のアリバイとして提示できるじゃん? 東野圭吾さんの「容疑者Xの献身」みたいに。

パンフレットを買うことはそんなになけれども、映画のフライヤーは割と集めちゃう。B5サイズのファイルに入れて時折眺めるのが好き。

遺伝子レベルでオタクという影響もあってか、アニメキャラのシールやカードなんかもつい保管しがち。コミケに行っていた時期は、ただで配っているものだけでまぁ嵩張る嵩張る。

アニメイトやゲーマーズで漫画を買うと、描き下ろしイラストや特典が付いてくるから、それはそれで集めたくなるのがオタクってもんじゃないですか。

ちなみにシール系のライフハックとして、100円均一のマグネットシートに貼り付けて、冷蔵庫など見える場所に貼るという方法を時たまやる。

美術館や博物館だと、つい買ってしまいがちなのはポストカード。200円くらいだし、気に入った作品や展示はまた思い出したい。

1回失敗したのは上野の東京都美術館。普段鑑賞中は荷物を"全て"ロッカーに入れてしまうため、特別展のミュージアムショップが再入場できない場所にあって、結局何も買えなかったという。

入場券つながりで言うと、観光地の入場券やお寺さんの拝観券も、思い出の品として保管している。

清水寺の栞サイズの拝観チケットを見る度に、あぁ京都来たなぁと思う。金閣寺の拝観券は御札にもなっているため、ご利益がありそう。

旅先だと、雑貨屋さんに置いてあるショップカードや、喫茶店のコースター、飲食店の割り箸の紙袋など。

これらも旅先の思い出にもなるからと、本の栞代わりに使っているうちに、いつの間にかどこに挟んだままになっているかわからなくなる。

もちろん、栞は栞として収集している。おそらく本に既に挟まっているだろうけれども、わざわざレジ横の栞も頂いておく。

古本屋で本を買うと、当時の持ち主の日々が垣間見えることもある。ホテルの(健全な)マッサージの領収書や、既に終わった舞台のチケットなど。

たった1枚の栞であっても、東京のブックオフで買ったけれども、栞として挟まっていたのが関西の書店や店舗のものだと、そうか、お前は遠くからやってきたんだなと、前の持ち主に思い馳せたり。

そんなわけで、紙媒体を収集しがちな性分。

ただ、最近はペーパーレスの影響もあってか、チケットの簡略化、そもそもチケットを発行する必要性もないケースもしばしば。

先日、イオンシネマを訪れた際のこと。券売機も小型化されており、フードコーナーの注文も電子パネルになっていた。

後半はともかく、チケットを購入して出てきた鑑賞券が、QRコード付きのレシートのようなペラッペラのチケットだった。

そうかぁ。もうイオンシネマのピンクの厚紙のチケットは手に入らないのかと、映画前にがっかりしてしまう。

これに限らず、先週も上野は国立科学博物館の特別展を訪れた際も、同様にペラッペラの紙にQRコードが付いているだけの、シンプルなチケットだった。

まぁチケットに使う紙だってタダではない。何千、何万枚も発行されるであろう入場券。カラー印刷なんてしたら、それだけでコストにもなる。

それこそ、入場にQRコードだけで済むのであれば、いちいち紙にしなくても、スマホの画面を表示するだけでも充分であろう。

そのほうが環境的にも、お互いにとっても楽ちんなのは認める。うっかりチケットを失くしでもしたら、それこそ「これだから紙は!」ってなるだろうし。

とは言え、紙媒体収集家(?)としては、ただの情報としての紙ではなく、思い出としての紙を集めたい。

別に映画のチケットがレシートのようになっても、作品の質が変わるわけではない。美術館のチケットがカラーからモノクロになっても、それで作品への感じ方が変わるわけではない。

ただ、またこのチケットや入場券を見返した時に、「あぁこんなときもあったなぁ」と思い出を引き起こされるのは、やっぱり多少でも厚みのある紙なのだと思う。

それは、電子書籍ではなく紙の本を集めたい理由の一つでもある。実際に手にとって、表紙を見た時に思い起こされる、あの感覚。

こんなんだから、いつまでもアナログ人間なんだろうね。それではまた次回!

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