汗をドバドバかきながら食べた、秋田のレバニラが忘れらない。
旅の印象を決定的に左右するもの、それは食事である。なにを食べたかで、その土地の印象はガラリと変わってしまう。この夏、旅先で食べたモノのなかでは、秋田で食べたレバニラが圧倒的だった。正確にいえば、あのレバニラを食した、あの店での出来事すべてがとんでもなかった。
これまで秋田とはほとんどご縁がなかった。知っていることといえば、きりたんぽとあきたこまちと壇蜜となまはげ。あまりの無知さに、「わるい子いねか」ってなまはげがきたら、真っ先に差し出されそうだ。しかし今、秋田ときけば、唾液がジュワッとでる。そうあのレバニラのせいだ。
秋田市までは、飛行機で1時間足らず。大曲の花火大会のある週末で、予約が混み合っていて、プレミアムクラスがなんとか取れた。サンドイッチが出たり、至れりつくせりで、せっかくなんだからもっと乗っていたかった。
今回の旅の目的は、堀井美香さんの朗読会「母」(素晴らしかった)を聞くこと、そして最近、いくつかのプロジェクトで、クリエイティブを担当してくれている寺内崇浩さん五十嵐爾さんが所属するSee-Vsionsを訪ねることだ。
空港では、寺内さん五十嵐さん、そしてなまはげが出迎えてくれた。このあと秋田では、どこにいってもなまはげがいた。
秋田滞在中、ふたりには、酷暑を物ともせずいろんな場所に連れていってもらった。そして美味しいご飯をしこたま食べた。稲庭うどん、ぐじの天ぷら、イタリアン、ラーメン、日本酒好き垂涎の一杯もいただいた。どれもおそろしく美味い。しかしあのレバニラは、美味いという言葉には留まり切らない、奇跡の体験だった。
導いてくれたのは、寺内さん五十嵐さんの会社・SeeVisionsの社長である東海林論宣(あきひろ)さんだ。秋田のグルメ事情にものすごく詳しいのだ。
お昼ご飯どこにいこうか、と話をしているとこういいだした。
「レバニラいきましょうよ」
寺内さんと五十嵐さんが、思わず「おおおお」と強めの反応をしている。その様子からただならぬ店であることが伝わってくる。しかし、秋田でレバニラってどういうことなんだろう?
「旨すぎてファンがTシャツつくってるんですよ、勝手に」
ファンが勝手にTシャツ作ってるってどういうこと?聞けば聞くほど、疑問が湧いてくる。
そんなわけで、東海林さんの車で、秋田の伝説の中華料理店「盛(さかり)」へと出向いた。
住宅街のど真ん中に、その店はあった。着くなり寺内さんが声を上げる。
「ラッキー、めっちゃすいてるやん」
え、並んでるやん。すいてないやん。
「普段はもっと行列なんですよ」
ジリジリと真夏の太陽が照りつける中、並んでいるとほどなく店の中へ。
「この店のメニューにはレバニラ、のってないんですよ」
え、この店、レバニラが有名なんじゃないんでしたっけ。確かに、手書きのメニューにはレバニラの文字はない。メニューのそばには、ししとうだの苦瓜だの野菜が盛られている。なんのアピールなのか。
しばらくすると席に通される。奥の厨房で、この店の大将と思しき方がフライパンを振っていて、カメラを構えるとファインダー越しに目があう。
お座敷のテーブル席に通される。東海林さんがいろいろおすすめを頼んでくる。クーラーはなく、扇風機が虚しく風を送っている。お世辞にも涼しいとはいえない。
東海林さんがお隣のテーブルのお客さんと何やらしゃべっている。彼らは揃いのTシャツをきている。胸のところに「LVNR」の文字。ん、LVMHではないな。なんの略だ、これ?と思っていると、それを察してか、お隣さんが嬉しそうに教えてくれる。
「これ、このお店の客のユニフォームなんですよ。ファンのひとりがデザイナーさんで、このお店が好きすぎて、つくちゃったんですよ」
で、その文字なんなんですか?
「あーこれ?このLVNRはレバニラの略です」
これが噂のやつか。本当にみんな着てるんだなぁ。
じっとりと汗をかきながら待っていると、最初の一品が届いた。秋田の真イカ炒め。色とりどりの野菜がぴかぴか光っている。こんな鮮やかな野菜の炒め物、見たことない。
一口、口にいれると思わず、声がでる。
「めっちゃうまい!」
大皿に箸を伸ばし、白飯と交互に口に運ぶ。身体中の細胞がこの料理を求めている。食べればドバドバ汗がでる。でもそれすら心地よい。
ほどなくレバニラも運ばれてくる。口に運ぶ。また声がでる。
「めっちゃうまい!」
なにかに憑かれたようにパクパク食べる。汗がドバドバでる。東京のこじゃれたお店でクーラーが効いている中、食べるご飯とは根本的に何かが違う。ここでは、食べるという「本能」が全開バリバリになる。憑かれたように箸を動かし、気がつくと目の前のすべてのものを平らげていた。食べ終わった時には、汗びっしょり。それでもとてつもない多幸感に包まれる。
帰り際、外から厨房を覗かしてもらった。
「今、火をぼーっとやるから、撮っとけ」
カメラを構えてパシャパシャやっていると、うまそうな具材を炒めているフライパンをこっちに差し出して見せてくれる。大将、意外にサービス精神旺盛である。
「ウチの裏の畑、見てけ。野菜は全部自家製だからよ」
裏の畑。そういえば車を停めたときに、緑の茂みを見た気がする。ぐるっと家の裏に回って、改めてみると、そこにはさっきイカ炒めにはいっていた、ししとうや苦瓜が、所狭しとなっている。ああ、あのメニューの横に守られていたあの野菜たちは、そういうことだったのか、と納得する。
帰りの車のなかで、余韻に浸る。身体中から、汗とレバニラの匂いがする。それでもなぜか爽快感に満ちているのだ。クーラーが効いてきて、もうこの幸せの気持ちのまま、ぐっすりと寝てしまいたい。そんな衝動にかられる。そして気がつくと、あのLVNRと書かれたTシャツをぽちっていた。
いや、もうこれは単なるグルメじゃない。ウユニ塩湖を裸足で歩いたとか、アマゾンでピラニア釣ったとか、バリ島でケチャダンス踊ったとか、もうそういうレベルの強烈な体験だった。
汗をドバドバかきながら、あのレバニラが忘れない。また食べたい。
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