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日記│写真撮影

 わたしは高校生なのだが、今日は卒業アルバムに載せる部活動の集合写真を撮った。わたしは、軽音楽部と地学部と生徒会総務部(わたしの学校ではなぜか生徒会も部活動扱いになっている)、それに文芸部に所属している。昼休みの時間(わたしは基本四時間授業なので実質放課後だが)と放課後を順々に使って撮影した。

 はじめの地学部は特に何事もなく撮影を終えたのだけれど、その次の文芸部の撮影になって困ったことが起きた。顧問の先生が来ないのだ。しかしながらわたしはその先生の顔を知らなかった。そして、そのまま先生が来なければわたしは一人で写真に写ることになる。困ったことになった。そんな顔をしながらもわたしは内心嬉しくてたまらなかった。

 どういうことか。順に説明しよう。まず、三年生の文芸部部員はわたしひとりなのである。いままでにそのことについて不便を感じたり、特になにか思ったりということはなかった。むしろひとりというのは気楽で、部誌の制作などもほとんど自分一人でデザインやレイアウトを考えられるし、後輩(男女合わせて三人いた)とも仲良くやっていくことができた。そして卒業アルバムの撮影ということで、この撮影の一週間ほど前にわたしはあるひとつの事実に突き当たったのである。つまり、卒業アルバムの部活動写真はわたしひとりで撮ることになるのではないか、ということである。しかし多くの人にとっては意外かもしれないが、その時点ではわたしはむしろ嬉しいくらいだった。というのも、卒業アルバムというのは生涯手元に残る。そこで個性を発揮することで、わたしのことを『おもろい奴』だと周囲の人々は考えてくれるかもしれない。わたしはそう考えたのだ。現にわたしが今どのような髪形なのかというと、金髪坊主である。高校生の金髪坊主というのは、自分でいうのもなんだが、そうそういない。さらにその金髪坊主の男子高校生が、「文芸部」として卒業アルバムにひとりで写っていたら、あまりに個性が爆発している。こんなに面白いことはない。であるから、わたしは写真撮影にむけてなかばわくわくして、どのようなポーズで写真に写るかということばかり考えていた。

 ところが、話が変わったのは撮影の三日ほど前のことだった。撮影のスケジュールが教室に貼り出されたのだ。わたしはもちろんひとりだから、自分の予定に合うかだけ確認すればよい。そこでスケジュールを見に行ったところ、見慣れない名前が文芸部の欄に記されていた。そしてその横には顧問と書いてある。ところが、わたしはその先生のことをうわさでしか聞いたことがなかった。というのも、実は文芸部は昨年度を持って実質的に休部になっていた。後輩にわたしが引退したのちも部活動を続ける気があるのか訊いたところ、「あまりない」という答えが返ってきたのでそのようなかたちになったのだが、その先生はそのあとにこの学校に赴任して文芸部の顧問になったらしい。つまり文芸部部員一同その先生とは何の接点もない。困ったことになった。わたしがそう思ったのは、単にその先生のことを知らないからというわけではなかった。むしろ、ある意味では、その先生のことはよく知っていた。ある意味。ありていに言ってしまえば、その先生は悪い意味で評判になっていたのである。その先生(以下S先生としよう)は理系クラスの現代文の授業で教鞭を執っていて、理系クラスの友人たちは口をそろえてこう言った。「Sはやばい」と。

 なにがやばいのか。まず第一に、S先生は生徒に授業の三分前に着席することを要求するらしい。そして、その時間に間に合わなかった生徒には教壇の前で「何組何番〇〇、出席します」と出席することを告げなければならないという。さらに授業が始まりいったい何をするのかというと、まず自慢話である。どうしたものかS先生の授業が新聞(地方のローカル紙)で紹介されたことがあるらしく、先生はわざわざその紙面をコピーして生徒に配布し、二十分間にわたり自らの授業のすばらしさを説いた。S先生の話はまだ尽きない。かなり信憑性の高い噂には、選択肢にふられたアルファベットで回答する選択問題において、S先生はCというアルファベットの書き方が正しくないことを理由に誤答とした。これらの噂を裏付ける証拠として、S先生の前任校の生徒が制作したと思われる風刺に満ちたラインスタンプがネット上で販売されており、先日見かけた際は教科主任と校長が授業の視察に訪れていた。

 長くなってしまった。とにかく、そこに記されたその名を見た刹那、これらの記憶が脳裏に去来し、わたしは深い絶望に包まれたのである。一番いやなのは次のパターンだ。つまり、わたしとS先生が二人でにこやかに写っている写真を見た生徒が「なるほど、文芸部というのは〇〇くんとS先生が二人で活動していた真面目部活なのか」と勝手に得心してしまうこと。よっぽど嫌なので当日頭からバケツの水をかぶり、仏頂面のS先生とびしょ濡れのわたしとでツーショットを撮ってもらうことも検討したが、悲しいかな、わたしは金髪坊主なのであった。これではかぶった水も写真撮影の間にすべて乾いてしまい、ただ汗だくなだけの金髪坊主になってしまう。そんなことを思って悶々としたままわたしは当日、時間になっても撮影場所に現れないS先生に内心喜んだのだった。

 そんなこんなで予定時刻から五分ほど過ぎて、写真撮影の担当の先生に確認したところ、「もう顧問はいなくていい」ということだった。だいたいこの学校は適当すぎるのだ。卒業写真の個人写真はすでに撮影済みだったが、わたしを含め数人は制服でなくTシャツで撮影したし、わたしの友人の中にはふざけて眼鏡を襟にさして撮影した者もいた。しかし今回は運がよかった。おそらくもう来ないだろうが、S先生が現れる前にと、わたしは校庭へ躍り出た。なぜ校庭にしたのか。広いからである、文芸部に部室なんてないから、自由に撮影場所を選択できたのでわたしは校庭を選んだ。広い校庭にぽつんとひとり佇む光景がふと舞い降りたのだった。なんとなく、くるりのアー写のイメージだった。

 そうして、写真撮影が始まった。薄曇りのもと、だだっ広い校庭に半袖Tシャツにサンダルの金髪坊主がひとり佇む。親指と人差し指、それに小指の三本を伸ばした右手を胸にそっとあてる。「I love you.」を意味するアメリカ手話である。気持ちよかった。カメラマンのカメラはわたしを祝福していた。「ありがとうございました」そうカメラマンに礼を言った時も、右手は胸にあてたままだった。

 卒業アルバムが完成したら、真っ先に祖父母に見せてやりたい。小言を言われるのが怖くて、いまだに金髪になったことを告げていないから。

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