「膝枕」外伝 膝枕ナビーシャ


2021年8月7日、Clubhouseで今井雅子作「膝枕」朗読を行い、膝枕er番号67番に認定されました。
究極の愛のカタチ─「膝枕」|脚本家・今井雅子(clubhouse朗読 #膝枕リレー )|note

多くの膝枕erから刺激を受けて、私も膝枕iterとしてこんなのを書きました。
「膝枕」外伝 カチンの森膝枕事件|Kawabatarian|note
「膝枕」外伝 六千人の命の膝枕|Kawabatarian|note

本作品は膝枕外伝第三弾となります。
こちらのシリーズにヒントをいただきました。
膝枕外伝「ナビコ」シリーズ|脚本家・今井雅子(clubhouse朗読 #膝枕リレー )|note


「膝枕」外伝 膝枕ナビ―シャ

1931 年3月2日。
アジアとヨーロッパの境界線のひとつとして、日本ではコーカサスの名で知られるカフカス山脈の北側に位置する、ソビエト連邦ロシア連邦共和国スタブロポリ地方の農家に、ミハイルという男が誕生した。
モスクワ大学法学部卒業後、故郷に帰ったミハイルは、地元コムソモール(共産主義青年団)の書記を皮切りにトントン拍子の出世を遂げ、1966年にはスタブロポリ市の共産党第一書記に登り詰め、モスクワへのご栄転も時間の問題とささやかれた。
これから綴られるのは、そんなミハイルが墓場まで持って行った、恥ずかしい物語である。

ある日、ミハイルの元に荷物が届いた。
開けてみると、女の下半身だけの模型で、なぜか両膝がきれいに折りたたまれていた。
電源コードとスイッチがあるので入れてみたら、
「初めまして。膝枕ナビーシャです」
と話しだしたので、ミハイルは仰天した。
「わーっ、おもちゃがしゃべった!」
「ナビ―シャです。おもちゃではありません」
「いや、ナターシャならわかるけど、何だよナビ―シャって?」
「ナビーシャです。ナビ主さんの野望実現に向けてナビゲートする膝枕です」
「いや膝枕って、なぜ膝が枕になるんだ?」
「ナビ―シャです。日本人は、こうやって膝を枕にしています」
「極東の奴らの考えることは理解できんな」
ぼやくミハイルに、ナビ―シャが畳みかける。
「ナビ―シャです。ナビ主さん、お名前は何ですか?」
「ミーシャと呼んでくれ」
ミハイルの愛称としてミーシャと呼ぶのは、ロシアではあまりにも普通なのだが、
「ナビ―シャです。ミーシャではナビ―シャと紛らわしいですね。やはりナビ主さんと呼ばせてください」
「ハイハイ、勝手にしろ」
「ナビ―シャです。勝手にします」
「おい、お前は枕だといったな。このまま頭乗せて寝っ転がるぞ」
「ナビ―シャです。膝枕ですから、それが仕事です」
ミハイルは寝っ転がって頭を乗せると、吸いつくようなフィット感は、これまで体験したことがない心地よさだった。
「日本なんぞに学ぶものは何もないと思ったが、これだけは例外だな」
とつぶやいたミハイルは、少しずつ眠気を覚えた。
「ナビ―シャです。ナビ主さんを素敵な夢にナビゲートします」
そんな声が聞こえた気もした。
「夢のナビゲート?俺がソ連共産党書記長になる夢でも見せてくれるのか?」
そんなことを思いつつ、ミハイルの意識は遠のいた。

森の中に、自由を奪われ、やつれ果てた男たちが連れ込まれていく。
森の中に、何度も銃声が鳴り響く。
男たちが、後頭部に鉛の弾を撃ち込まれて斃れていく。
無数の死骸を、自分は穴の中に埋めていく・・・・

ハッと目を覚ましたミハイルは、そんなおぞましい光景が夢だと気づき、ナビーシャに頭を乗せたまま大きなため息をついた。
「ナビ―シャです。素敵な夢を見られましたか?」
「何が素敵なものか、ったく!」
「ナビ―シャです。ところでナビ主さん、夢の中の出来事は、本当は誰がやりましたか?」
「おいおい、なんでお前が俺の夢の中のことを知っているんだよ?」
「ナビ―シャです。ナビ主さんの夢をナビゲートしました」
ミハイルはぞっとした。
「ナビーシャです。もう一度お尋ねします。夢の中の出来事は、本当は誰がやりましたか?」
ミハイルは本当のことを知っていたが、もちろん言えるはずがない。
「ナチスドイツの仕業だ」
と言うが早いか、ミハイルの頭に激痛が走った。
「ギャーッ!痛い、イタタタタタ!」
ミハイルはナビーシャの腿の上で頭を転がすようにのたうち回ったが、なぜか頭を離すことができない。
「痛い!助けてくれ!グワーッ!」
悲鳴を上げてのたうち回るミハイルに、ナビーシャは繰り返した。
「ナビーシャです。もう一度お尋ねします。夢の中の出来事は、本当は誰がやりましたか?」
ミハイルはとうとう観念した。
「ソ連の秘密警察がスターリンの命令で、2万人のポーランド人を殺して埋めたんだ」
「ナビーシャです。それは誰もが知っていることですか?」
「我が国以外ではみんな知っているが、わが国でそんなことを口走ったら、シベリア送りだ」
「ナビーシャです。ではナビ主さんがソ連共産党書記長になれば、そんな心配はなくなりますね?」
「なんだって?」
「ナビーシャです。書記長というナビ主さんの夢が必ず実現するようナビゲートします。ただし・・・・・」
「ただし何だよ?」
「ナビーシャです。ナビ主さんが書記長になったら、必ず本当のことをおっしゃってください」
「バカなことを言うな!そんなことできるわけ・・・・・ウギャーッ!」
さらに大きな激痛がミハイルの頭に走った。
「わかったわかった!書記長になったら必ず本当のことを言うから、早く助けてくれ!」
「ナビーシャです。お約束ですよ」
ようやくミハイルは、頭をナビーシャから離すことができた。
ところが、額の生え際から後頭部にかけて、ミハイルの頭髪はゴッソリ抜け落ちていた。
「おい、俺の髪の毛どうしてくれるんだ!?」
「ナビーシャです。命に比べれば髪の毛などどうでもいいです」
「ふざけるな!」
激怒したミハイルは、ナビーシャを叩き壊してやるとばかりにつかんだが、
「ギエーッ!」
今度は高圧電流に感電したかのような強烈なしびれが、ミハイルの全身を貫いた。
「ナビーシャです。乱暴はいけません」
「畜生!」
ミハイルは立ち上がってナビーシャを蹴っ飛ばそうとしたが、足が滑って転倒し、頭をぶつけて大流血した。
「グガーッ!痛い痛い!」
「ナビーシャです。暴力をふるうとご自分がケガをします」

第一書記が突然ハゲ頭になって大ケガをしたことについて、スタブロポリの住民たちは驚いたが、声に出すことは絶対のタブーだった。
頭の傷は、死ぬまで消えない大きな痣となった。

1985年3月11日。
ミハイル・セルゲイエビッチ・ゴルバチョフは、ソビエト連邦共産党中央委員会書記長に就任した。
1990年4月13日。
ゴルバチョフはポーランド大統領ウォイチェフ・ヤルゼルスキとの首脳会談で、第二次世界大戦中にソ連各地で、ポーランド軍捕虜・警官・民間人等2万人以上が殺されて埋められた、いわゆるカチンの森事件について、スターリンの命令によりソ連の秘密警察が行ったという事実を認めた。
ゴルバチョフの英断に西側諸国は拍手喝采を送ったが、守旧派からはソ連の偉大な過去に泥を塗ったと断罪され、1991年8月のクーデターにより失脚。
ソ連崩壊後のロシアで、彼が再び脚光を浴びることはなかった。

クーデターを起こした勢力は、カチンの森事件はソ連の仕業とゴルバチョフが認める原因となった、謎の物体膝枕ナビーシャとやらを血眼になって探したが、とうとう見つけることはできなかった。


この物語はフィクションであり、史実や実在の人物・組織とは一切関係ありません。


2023年1月13日金曜日(膝金の日)、膝開きを行いました。
https://www.clubhouse.com/room/PY6GEadE?utm_medium=ch_room_xerc&utm_campaign=5A-G5_1tlhK5TqvZP9vETg-544467

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