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第2回 他人と集団で暮らすということ

前回、共同住宅によるコミュニティづくりを考えていると書いたが、一般的な共同住宅といえば、マンションかアパートだろう。そこからコミュニティという言葉など、ほとんど想像できない。一般に共同住宅とは、完全独立の住居を効率化のために一棟にまとめただけに過ぎないからだ。そもそも他人との交流は想定されていない。

ただ、僕自身、大勢の他人との交流を想定された生活をした経験がないわけではない。二度だけだが、そこにはささやかなコミュニティーらしきものはあった。

ひとつは、新卒で入行した銀行の社員寮。当時、新入行員は全員独身寮に入寮する決まりだった。大学生時代はワンルームマンションに一人で住んでいたので、寮に入るのは不安だった。しかも個人ではなく相部屋個室。聞き慣れないと思うが、ドアを開けると正面に、2つの部屋を隔てる壁の断面があり、その左右にそれぞれ部屋がある。自分の部屋(ベッドと机が置ける程度の広さ)に入れば隣は見えないので、相部屋の個室というわけ。同室者は一年先輩と決まっていた。

朝食と夕食は住み込みの、賄いさんが調理し出してくれる。それぞれが好きな時間に食べられた。大浴場もあったが、帰宅後風呂に入ってもお湯がでなかったことも珍しくなかった。(確か、節約のため21時にはお湯が出なくなった)

平日は寝に帰るだけだったが、週末は7人いた同期の連中と遊びに行ったり駄べったりして、憂さを晴らしていた。いい先輩もたくさんいたが、やはり同期の存在は大きく、新入行員への厳しい仕打ちも、彼らがいてくれたおかげで何とかやっていかれた。

このように、当初不安だった寮生活もだんだん気にいっていった。当時は、プライバシー以上に境遇の似た他者との気の置けないコミュニケーションが必要だったのだろう。近頃流行りのシェアハウスに近いかもしれない。似た属性の他人同士が一緒に暮らすという意味で。

しかし、2年で銀行を辞め大学院に入学した僕は、またアパートで一人暮らしすることになった。そして2年生の夏から半年ほど、スウェーデンの大学院に交換留学することになり、ストックホルム郊外の大きな団地群のような施設で暮らすことになった。あまり覚えていないが、ワンフロア20室くらいあり、留学生だけでなく地元の人も住んでいた。部屋は30㎡くらいのワンルームで、一人には十分な広さだった。シャワーとトイレが室内にあったが、たしかキッチンはなかった。洗濯機は建物の地下に何台も並んでいた。

そして各フロアに、大型のキッチンがあった。そこに大型冷蔵庫があり、氏名を書いたラベルを張って、自分の飲食物を収納していた。

僕は料理はできなかったので、そこを使わなかったが、多くの住人はそこで調理し、ダイニングテーブルのようなものはなかったので、自室に持っていって食べていたようだ。時々キッチンの前を通ると、いろんな国からの住人がおしゃべりしながら、自分の食事を作っていた。僕も少し加わってみたいなと思ったが、料理ができないので諦めた。

僕が住んでいた半年の間で、1,2度そこでパーティが開かれた。そこだけには、しっかり食べるだけで参加した。料理はお国柄を直接表すので、とても興味深かった。普段は建物の一階にあるレストラン(近隣に他にレストランはなかった)でしばしば夕食をとったが、いつも客はそれほど多くなかったので、きっと住人のほとんどは自分で調理していたんだろう。調理や食事は、とてもいいコミュニケーションの場なので、後になって少しもったいなかったなと思った。

基本的には自室で完結できるが、シェアするキッチンやランドリーがあるのは、効率的でいいと思った。日本のマンションやアパートでは、小さい部屋ごとにキッチンもトイレも洗濯機もリビングやTVもあり自己完結している。よく考えると、とても非効率だ。

シェアハウスとの違いは、多様な人々がいることと、プライバシーが比較的守られること。一方、一般的なマンション(共同住宅)との違いは、上述のようにキッチンやランドリーが共有されていることだ。

それ以降、家族以外の集団で暮らしたことはない。でも、時々寮生活やストックホルムでの暮らしを思い出す。たとえ他人であっても、よく知った人々とすぐに会って話せるような暮らしは、最初に思ったほど煩わしくもなく、安心感をもたらしてくれた。

社員寮(シェアハウス)→ストックホルムの一部共有の共同住宅→一般的なアパート・マンション(共同住宅)

この順番で徐々にプライバシーの強度が高まり、またコミュニティの色合いが薄れていく。トレードオフだ。この三つの住まい方を経験したことから、何らかの影響を受けたのかもしれない。



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