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一線を越える 7

お話は数代前に遡る。
つまり、ぼくのひいおばあちゃんの時代だ。
この地には水に恵まれた豊かな村があったんだ。

村の中には何本も川が流れていて、川と川の隙間を埋めるように田畑と家々が広く点在していた。村にはみずみずしい緑の木々が溢れ、田畑を耕す村人のくわ音と、爽やかな川の水音が響いていた。家々からは炊事の煙が空に向かってすっと立ち上り。まるで絵画のような、美しく豊かな村だった。
村に川が多い為に田畑に引く水には困らなかった。しかし、大雨の度に川は何度も氾濫した。大雨で川の水かさが増すと、村の至る所で堤防の際キリキリまで川の水が増えてしまう。そうなってしまったら、村中に川が流れているこの村では、村人の誰もがもう為す術もなく。鎮守の森がある高台に身を寄せて、ただ祈るしかなかった。
はち切れそうな堤を見つめ、ただ一心に祈った。

エジプト文明は「エジプトはナイルの賜物」と言われたそうで、川の氾濫で肥沃な土を畑に導入し、水が引いてから耕す農耕方法があったんだ。この村も、要はそういうやり方で豊かな田園を整えていたんだ。大雨で川の水と共に上流から運ばれてきた肥沃な土と水は一番低い堤防を越え、または一番弱い堤防部分を押し流して決壊、田畑に一気に土と水が流れ込むんだ。水の勢いは凄まじい。1年間精魂込めて耕してきた田畑は一夜の大水で泥溜りと化す。
雨が止み、川の氾濫が治まると、川は元の形から姿を変えている場合がある。大抵は蛇行し、時には分岐(または結合)した新しい川となった。村人達は協力し合い 、新しい川に石を積み、土を固めて堤防を築いた。
水浸しの田畑から水が引くと、川から肥沃な泥土が流れ込んだ田畑は翌年は豊作となった。川の氾濫は水と共に良い土を運んでくる。今年の収穫を諦める代わりに、翌年は豊作が約束される。村人達は水に恵まれたこの土地で、こんな風に半ば自然任せで何とか生きてきたんだ。

ぼくのひいおばあちゃんは、この村で生まれた。名前は、みな。"おみな"って、皆から呼ばれていた。
この村の中で一番大きな百瀬川に橋をかける為、おみなは人柱に選ばれた。

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