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一線を越える 8

「行こっか!」モモちゃんはニコニコしながら言って歩き始めた。開けた状態の漫画本を片手に、元気に一歩踏み出す。
「また読みながら歩くの~?」と、トモキが呆れた声をだす。
「隙間時間でスキルアップだよ。登校時間も効率重視!」と、モモちゃん。
モモちゃん、隙間時間活用って一般的には電車に乗ってる間に本読んだりする事だと思うよ。徒歩通学は徒歩に集中したらいいんだよ。徒歩の隙間時間とかないから。
「『エジプト文明とヒエログリフ 漫画で完読、全文を判読』」と、トモキがモモちゃんの前から表紙を覗き込んで本のタイトルを読み上げる。
韻踏んでていいタイトルだな。興味深い。
「韻踏みが無理やりじゃない?面白いの~?」と、トモキ。
「すごく勉強になるよ。」と、モモちゃん。
勉強熱心も程々にした方がいいと思う。モモちゃんはマイペースな性格で、今朝みたいに自分は平気で人の事を待たせたりする。その癖に自分は、効率化!とか、コスパ!だとか言って、いつも同時に何かして(大抵は本を読んで)いる。この前なんか掃除の時間に、ほうきで掃きながら本読もうとしてた。キミは千手観音か?!

「行ってらっしゃい。気をつけて行くんだぞ。」
二階の窓から厳つい顔が覗いて、白朗おじさんの意外に優しい目がぼくたちを送り出した。
「行ってきます!パパもお仕事頑張ってー」
モモちゃんは本を持っていない方の手をブンブン振って返事を返す。あっ、弾みで頬っぺたのパンくずが吹き飛んだ。
「白朗おじさん、行ってきます!」トモキも手を振る。
ぼくは白朗おじさんにニッコリと微笑み返した。ハードボイルドゴリラ、愛娘を見送るの巻だな。意外に微笑ましい光景に、ぼくは微笑んだ。

「白朗おじさん、疲れた顔してたね」トモキが言う。
「うん。事件で忙しいんだって」と、モモちゃん。
例の事件だ。白朗おじさんは担当刑事だし、毎日大変だと思う。
「オレは神隠しだと思うな~。ある日突然、人がいなくなっちゃう怪奇現象って、昔からあるらしいよ。」と、トモキ。
学校では『不審者が出ているので集団登校しましょう』という『建前』で注意喚起されている。ぼくたち子供には刺激が強い為に、事実は伏せられている。が、隠されると暴きたくなるぼくたち子供の事を大人はもっと理解した方がいいと思う。耳ざとい子供たちが中心となって、既に事件の事が(大人には内緒で)学校中でウワサになっている。突然人が居なくなり、遺留品も目撃者も少ないというあまりに不可解な一連の事件。組織的な誘拐犯グループによるプロの犯行説派と、現代の不思議神隠し説派で、校内は真っ二つに別れて(内緒で)議論されている。
父親が担当刑事のモモちゃんは中立派で、この件についてはだんまりを決め込んでいる。トモキは神隠し説派。リアリストのぼくはと言うと。
「キョウスケは、誘拐犯グループが暗躍してる説を推してるんだよな?」トモキがぼくに向かって問いかけた。
それに答えてぼくは大きく頷く。
「ももちゃんが中立派じゃ無かったらな~せめて議論はできるのに。」と、トモキが残念そうな顔をする。
ぼくは苦笑いする。中立派でこの件にはだんまりのモモちゃんと、喋らない(モノローグでは饒舌なのだが)ぼく、とトモキの3人では当然、議論にはならない。トモキの一人相撲である。
「そしたらさ~!この3人で少年探偵団やってさ、犯人を見つける冒険が始まるのにな~」トモキは青い空を見上げて悔しそうに呟く。
お生憎様。冒険の始まりの巻、とはなりません。

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