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娘がアメリカの名門ボーディングスクールに進学した話(7) 名門ボーディングスクールの課題

アメリカの名門ボーディングスクールは白人上流階級のための教育機関として発達しました。上流階級への所属の証として名門ボーディングスクールを経由して北東部の有力大学(アイビーリーグ校)に進学することが求められプレップ(受験準備校)からアイビーへと進学した若者が支配層を形成していたのです。ボーディング・プレップはアイビーリーグへの進学を確約してくれる教育機関でした。そして学生は進学後は同様な学歴を持つ同窓と排他的なクラブを形成して排他的な支配層グループを形成したのでした。1970年代以前はは極度なおちこぼれを除きほぼ全員の卒業生がのアイビー校やそのほかの有名大学に進学しています。ブッシュ大統領はに Phillips Academy に1960年代に進学していますが、彼が進学したとしにはYale大学だけで60名以上合格しています。極端な落ちこぼれ出ない限り、有名大学への進学は確約されていたといっても過言ではありません。

ところが1960-70年代の市民権運動に端を発した教育改革の流れを受け、アメリカの入試制度は大きく改革されることになります。受け入れ側の大学の選抜規定が大きく変わったためボーディングス クールは以前と比べてアイビー合格者数を大きく減らしています。いまでは逆に有名大学にいくにはプレップスクールから進学するほうが困難な場合もあるといわれています。(大学には一定の高校からの生徒に偏らな いようにするポリシーがあります。アイビー校ではプレップスクールからの進学を全体の20%くらいに抑えています)。 公立高校や他の私立高校に比べ有名大学への進学率は今でも桁違いに良いということは間違いありませんが、いまではボーディングスクールのトップ校でさえアイビーへの進学率は30%ほどです。

ボーディング・プレップスクール=有名大学という図式は受け入れる大学の変化、教育オプションの多様化のために崩れたといっても過言ではないでしょう。現在の名門ボーディングスクールは矛盾ともいえる大きな課題を抱えながら運営されています。それは

①「いままで学校を支えてきてくれた上流階級の富裕層とその子息にはひきつづき学校に来てもらいたい」しかし、

②「優秀な頭脳を持つ一般家庭の子息を入学させ、アイビー校などの名門大学へ進学の進学率を高めたいという」

という相反したニーズを抱えているからです。学校のそもそもの存在意義が上流階級の子弟を教育して名門大学に送ることですから「上流階級の子息」、「名門大学への進学」は名門ボーディングスクールにとっては切り離せないものなのです。

プレップ・ボーディングスクールが大きな変化を経験したのは急速に大学改革と教育の多様化が始まった1970年ごろです。ほぼ無条件に上流階級に所属するボーディングスクールの卒業生を受け入れていた名門大学は標準テスト(SAT)の導入などをの入試改革を行ました。 その結果いままでのように家柄による選抜ではなく「学力」による選抜が始まったのです。(日本の大学制度になれている私たちにとって学力での選抜は当然と思うことですが、当時のアメリカでは学力以外の選抜要素(たとえば家柄、スポーツ、芸術などが大きく影響していました)。 当然のことですが上流階級に所属しているからといって必ずしも学力が高いわけではありません。大学の入試改革後、ほとんどの名門ボーディングスクールは名門大学への進学率を大幅に落としています。「有名大学へ進学させるには優秀な頭脳を集めなくてはいけない!」ボーディングスクールもこぞって入試改革を始め、SSAT(標準入学試験)を導入するなど学力による入学試験を実施しています。東部の上流階級の子息だけを入学させてきた学校は、いまは階級、人種、国籍関係なく幅広い層から願書を受け付け秀才を集めるようになっています。

しかしここに矛盾が出てきます。学力だけで選抜したら学校は教育熱心なユダヤ人、東洋人を選ばざるを得ません。学力試験で優秀な成績を取れる白人も少なからずいますが、学校を支えてくれていた上流階級の子供に限ったわけではないため新興層の子供が増えてしまいます。進学成績を高めるためには頭のいい学生は必須、でも学力に劣る上流階級の子息も入学させなければ伝統を失うだけではなく彼らの金銭的サポートまで失ってしまいます。どうやってバランスをとるのか?

その結果がアドミッションオフィス入試です。学力だけでは入学できないようにしているのです。「社会貢献」や「スポーツ」「芸術」「ボランティア」など上流階級のたしなみといわれていた要素を入試に取り入れているのはそのためです。上流階級の子供たちは幼少からこれらの価値を教え込まれます。とうぜん入試の年頃(13~14歳)になる頃には一般家庭の子供やユダヤ人外国人に比べ優れた業績を残す可能性が高いのです。ボーディングスクール入試でよく言われるように選抜試験の100点より人気スポーツのキャプテンの評価が高いといわれるのはこのような背景があります。現在の名門ボーディングスクールは、非常に頭脳明晰、優秀な一般学生といままで学校を支えてきた白人上流階級の学生2つのグループを同じ入試で選抜し、そしてかれらを一緒に教育しています。ある意味苦渋の選択の上に成り立っているのが現在の名門といわれているボーディングスクールなのです。

しかし考えようによってはこの状況は非常に興味深いです。キャンパスのなかに世界を動かすような富豪の子息と、世界を代表するような優秀な頭脳が集まっているのです。入試改革を通じて上流階級だけではなく頭脳エリートも集まる場所になったボーディングスクールは今までとは違った形で社会への貢献をするようになるのかもしれません。ボーディングスクールに子供を送る一番のメリットはこの非常に特異な空間に子供を送るというところにあるともいえるでしょう。

繰り返しになりますが、ボーディングスクールが圧倒的な進学成績を誇っていた時代はすでに終わり、一般の公立高校や寄宿でない私立高校からも多くの卒業生が名門大学には進学するようになっています。公立高校はマグネットスクール(成績のよい学生だけを受け入れる特進校)などを通じて無料で優秀な頭脳を集め高度な教育を提供しています。そしてこれらの高校の卒業生もボーディングスクール・プレップスクール生に勝るとも劣らない優秀な生徒たちです。教育は多様化しています。ボーディングスクールはいままでその卓越した進学実績、保守的な入学基準で過大評価されてきていました。ボーディングスクール教育は教育のひとつのオプションでしかありません。ボーディング教育を盲信しないことが重要です。ボーディングスクールとアメリカのエリート教育の歴史と変遷については京都大学の岩井八郎助教授の論文「標準化された優秀性」と「多様性の浸透」が大変参考になります。京都大学学術情報リポジトリから無料でDLできますのでお読みになることをお勧めします。

さて上記の多様化の流れを受け現在の名門ボーディングスクールは以下の2点において大きく変化しています。ひいては日本人留学生にとっても名門ボーディングスクールは留学のオプションとして十分考えられるオプションとなりつつあります。それは ①富裕層以外への門戸の開放* ②留学生の積極的な受け入れ**がおきているからです。ボーディングスクールを囲む環境の変化により日本人留学生にとっては入学できる可能性が広がったと考えてよいと思います。事実、韓国からのトップ校への留学生は10倍以上に増えており、少なく見ても後述するTen Schoolsには毎年合計100名を超える留学生が入学しています。日本の学生にとってもチャンスは少なくないとおもいます。

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*富裕層以外への門戸の開放

今までは学生はほぼ富裕層の子女に限られていましたが、現在ではあらゆる層から幅広く生徒を受け入れるようになっています。具体的には優秀な学生には多額の資金援助をする制度ができ、高額な学費を払わなくても入学ができるようになりました。 これは大学の入試改革の理念がそのままボーディングスクールのリクルートポリシーに降りてきたものです。超エリート校のPhillips Exeter, Phillips Andover, St. Pauls School はNeed Blindという選抜方法を採用しています。これは家庭の財政状況には全く関係なく(つまり年間500万円にも上る学費が払える払えないに関係なく)優秀な成績の学生は合格させる。合格した生徒で学費が払えない場合には学校が払えない分を全額補助するというものです。 この新しい制度のため上記の学校の難易度は急上昇しました。また合格した学生の成績も大きく上がり、より名門大学への進学が可能な優秀な学生を確保したといえるでしょう。

**留学生の積極的な受け入れ

名門ボーディングスクールは急激に国際化しています。以前の学生はアメリカ本土の白人がほとんどでしたが、今では学生の20%近くが留学生です。これも名門大学の入試改革の波がボーディングスクールに影響を与えている例です。 世界の有力な上流階級そして優秀な頭脳にアピールをしています。

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