ライトブルー・バード1(note創作大賞2023用再編集)
《あらすじ》
星名リュウヘイ17歳。高校の入学式で立ち姿が綺麗な美少女、今泉マナカに一目惚れ(&初恋)をしてしまう。
彼女とはずっと接点がなかったが、ある日偶然立ち寄ったファストフード店のカウンターでアルバイトをしている彼女を発見。そして勢いで自分もアルバイトを始めることに……。
リュウヘイの幼馴染みたちの想いも交差する青春ラブストーリーシリーズです。
《プロローグ》 今泉マナカ
そろそろ客が引く時間帯だ。
商品を取り揃えながら、今泉マナカはそっと横を向いて壁の時計を盗み見た。放課後の暇つぶしの為に…と軽い気持ちで始めたアルバイトだったが、時間と曜日で人の流れを予測できるくらいには成長したと思う。
この後は閉店に向けた作業と接客の同時進行が待っているので、スキマ時間は1分でも有効活用しなければならない。それによってクロージング担当スタッフたちの帰宅時間がかなり変わってしまうのだから……。
レシート片手にトレイの上の商品を一つひとつチェックする。和風トリプルバーガー、ポテトMサイズ、烏龍茶……。
そして「お待たせいたしました」と言いながらサラリーマン風の男性にトレイを渡した。
中央に置いた存在感のあるハンバーガーは厨房にいる荒川ヒロキが作ったものだ。それは商品名のロゴがきちんと中央に位置してあり、キレイな丸型に包まれていた。
バーガーのラッピングで作り手の性格がある程度分かる……というのがマナカの持論。ピーク時になると数をこなす為に作業が雑になりがちなスタッフがいる中、ヒロキが作ったハンバーガーはいつでも形が安定している。勿論ロゴが見える表側だけでなく、裏の部分もキチンと折り込まれているのも確認済みだ。
彼が作ったハンバーガーであれば、他の商品に埋もれていたとしても見つけられる自信がマナカにはあった。
マナカは次の仕事を探すふりをして厨房の方に身体を向け、不自然にならないように視線を動かす。そしてヒロキの姿を数秒間だけ捉えた。
その瞬間だけマナカの瞳はカメラのシャッターに変わる。彼の横顔を脳裏に焼き付けるためだけのカメラに…。
4歳年上である彼への恋心はとっくに自覚していた。しかしこの恋は気がついた瞬間から失恋ルートまっしぐら…。理由は簡単、ヒロキには同じ大学に2年ほど付き合っている彼女がいるからだ。
以前、ヒロキと彼女が客として店を訪れたことがあり、その時にカウンターを担当したのは他でもないマナカだった。
「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」
『彼女』はゆるふわの髪型が似合っている知的な女性だった。
休憩室でマナカと会話をするヒロキは、高校生の自分にさりげなく話を合わせてくれるが、きっとこの彼女とは年相応な会話をしているのだろう…。
心がヒリヒリした。
接客と片付けに終われながら、あっという間に時間が過ぎる。今日はヒロキがマナカより1時間早く仕事アップする日だ。「お先に失礼しまーす」の声と共に彼の姿が店から消えて行く……。
「ねぇ、今泉さん」
トレイを拭いていたマナカに店長が話しかけてきた。
「友達でさ、誰かバイト探している子いない?」
「えー? ウチのお店、そんなに人が足りていませんでしたっけ?」
「実はね、荒川君が今月いっぱいで辞めることになったんだ。だからさ…」
「!?」
気持ちがようやく落ち着いたのは、仕事がアップする頃だった。
あの後、店長とどんなやり取りをして、どんな風に仕事をこなしていたのかほとんど覚えていない。
そして『あの時』の心の痛みとは質が違う…。
「チーズバーガーのピクルスを抜いて欲しい」とマナカに伝えたヒロキの彼女。それに対して「今泉さーん、そのピクルスを俺のフィッシュバーガーに入れて」なんて冗談を言ったヒロキ。そんな細かいことまでしっかり記憶に残っているのに……。
泣くなワタシ、家に帰るまで頑張れ。
マナカはそう言い聞かせながら、休憩室のドアノブに手をかけた。
「おっ‼️ 今泉さん、お疲れ」
誰もいないと思っていた休憩室に人がいたただけで驚きなのに、それがヒロキだと分かった時の心の衝撃といったら……。
「おおおおお疲れさまです‼️」
「どうした? そんなにびっくりして」
「誰も……いないと思った……からです」
「あ、もうこんな時間か……。ついつい夢中になっちゃったよ」
読みかけの分厚い本を閉じて、ヒロキは立ち上がった。
「あの! 荒川さん!!」
「何?」
「……本当にアルバイト辞めちゃうんですか?」
「あ、店長から聞いたんだ? うん、本当は3年生の終わりまで続けようと思ったんだけど、最近課題が忙しすぎて」
「寂しいです。だって……」
バイト仲間としておかしくない程度の会話を成立させる為、マナカは頭の中で次の言葉を絶賛仕分け中だった
「……だって、荒川さんの作った芸術品級のバーガーをもう見ることができないんだもの」
「何だそれ? 今泉さんは大げさだなー」
ククク……と笑う大好きな人の顔を見た途端、マナカの気持ちはついついヒートアップしてしまい、口が勝手に動いてしまった。
「お、大げさなんかじゃありません! ハンバーガーのラップなんてただの『包み紙』って思う人がいるかもしれませんが、お客さんが最初に見るのはラッピングされたモノです。キレイに包んであれば『開くワクワク』が大きくなります!! 私は好きです!!!!……そのぉ、荒川さんの作ったハンバーガーが」
しばしの沈黙……。
流れを戻したのはヒロキからだった。
「そっか……今泉さんはそんなに好きなのか」
「………はい」
「泣いてしまうほど?」
いつの間にか自分は涙を流していた。
「はい、好きです。大好きです」
完全にバレた。いや、頭のいいヒロキのことだ。とっくの昔にマナカの気持ちに気づいていた可能性だってある。そんな彼はマナカの頭を優しくポンポンと叩いた。
「俺が辞める前に店に来なよ。今泉さんの為にサイコーのエッグバーガーを作ってやるから。勿論ピクルス増しで」
自分ががプライベートでちょくちょくオーダーしている商品名をさらっと口にするヒロキ。そしてマナカは涙でぐしゃぐしゃの顔を彼に向け、精一杯のスマイルを作った。
「はい!! ピクルスは2枚とも大きいやつにしてくださいね!!!」
次のオフにはお客として店に行こう。ヒロキのシフトはとっくに確認済みだ。
でっかいピクルスが2枚入ったエッグバーガーはすっぱい失恋の味がするに違いない。
《1》星名リュウヘイ
満開の時期を終えた校内の桜は、少しずつ花びらを地面に落とし始めている。水色の空はそれら木々をそっと包み込み、優しいコントラストを作り出していた。
まるで春という季節が、新たなシーンに立とうとしている新入生たちを祝福しているかよう……。
そんな中、星名リュウヘイは既に気持ちが窒息しかけていた。
(こいつら、どこから沸いて出て来たの⁉️)
新入生と保護者でごった返す入学式会場前。1年生だけで10クラスもあるマンモス校の迫力は想像以上だった。小学生の頃から9年間、1学年1クラスでの学校生活を送ってきたリュウヘイにとって、この『ヒト密度』は脅威でしかない。
(俺、3年間もここでやっていけるのかな?)
そんな不安にかられたリュウヘイは、ふと中学時代に思いを馳せる。色々な意味で『風通し』がよかったあの頃に……。
少人数の学校にデメリットがなかったワケではないが、今となっては、本当に懐かしい。つい1ヶ月前までは、そこに所属していたというのに、まるで遠い過去のことを思っているようだと感じてしまった。
仲間の顔でも見れば落ち着くかもしれない……と辺りを見回すが、こんな人混みではそう簡単には見つかりそうになかった。
ちなみに同中出身者は、幼なじみの山田カエデと、気がついたら疎遠気味になっていた井原サトシの2人だけ……。それでも顔を見たら懐かしさで思わず抱きついてしまいそうな気分だ。もっともカエデにそんなことをしたら、無言でぶっ飛ばされるかもしれないが……。
ふと空を見上げるリュウヘイ。空の広さだけは中学校と一緒なのが何だかホッとする。そして視線を人混みに戻し、もう一度2人を探そうと思った瞬間……、
(ん?)
リュウヘイの瞳が桜の木の下に立っている少女の姿を捉えて、そのままロックオンしてしまった。
知らない顔だ。そもそも自分には他校ーーそれも女子ーーの知り合いはいないのだから当然なのだが……。
姿勢のいい女の子だと思った。だからつい見惚れてしまったのかもしれない。
彼女は空を見上げていた。
(あの子も高校生活が不安なのかな?)
少しだけ彼女に親近感が湧いた時、不意に一陣の風が通りすぎ、桜吹雪が彼女の姿を包み込んだ。その瞬間、リュウヘイの周りだけ時が止まってしまった。
そしてぶるっと震える身体……。
(あれっ? 俺、風邪引いた?)
今まで異性や恋愛に興味がなかったせいなのか、リュウヘイがこの現象を『一目惚れ』だと気づいたのは、ここから数日ほど経過した後だった。
不安だった学校生活は思ったより早く順応することが出来て、それなりに楽しい毎日を送っているリュウヘイだが、恋の病には自分でも手を焼いていた。
入学式での出来事を思い出す度に彼の心臓はひとつ波打つ。
あの時の春風には魔法でもかかっていたのだろうか。
彼女の名前は『今泉マナカ』
1年3組、出席番号2番……。あの少女についてリュウヘイが知った情報は、数か月でたったこれだけだった。
世の中には2種類の男子高校生がいる。気になる女の子の情報をスマートに集められるヤツとそうでないヤツが……。廊下ですれ違った時、ドキドキしながらマナカの顔を横目で見るだけが精一杯のリュウヘイは、バリバリの後者だ。
そんな彼が好きな子に話しかけるような行動は、もはや『無理ゲー』と言ってもいいだろう。
2年生進級時にクラス替えがあり、淡い期待したものの残念な結果に……。
(こんな感じで、今泉さんと何の接点もないまま、俺の高校生活が終わるんだろうな……)
……と、ほぼ諦めモード状態になったのも仕方ないことだった。
だからその年の秋、ふらっと立ち寄ったハンバーガーショップのカウンターで、アルバイト中の彼女を見つけた時のリュウヘイの驚きといったら…。
「幻覚か?」マンガのように思わず目をこすってしまったほどだ。
早速、購入の列に加わったが、やはりメニューボードよりも仕事中の彼女に目がいってしまう。しかし『知らないヤツにガン見』されているのが分かったら、マナカに引かれてしまいそうなので、目線の行き先を出来る限り配分することを忘れなかった。
マナカはそこまで背の高い方ではない。それなのに隣のカウンターにいる長身の女子よりも存在感があるのでは? と思ってしまう。自分が彼女に惹かれているから……という贔屓目を差し引いてもリュウヘイはそう感じずにはいられない。
やはりマナカを綺麗に見せているのはその立ち姿だろう。彼女の背中には目に見えない支え棒があるのではないか……と思えるくらい背筋がピンとしている。
更にファストフード業務に必要であろう『スマイル』も完璧だ。「このバイトは今泉さんの天職じゃね?」とリュウヘイは思いながら、順番が来る時をドキドキしながら待っていた。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
2台のレジが稼働しているので、マナカの方に当たる確率は50%だったが、リュウヘイはそれを見事にクリアできた。……とは言っても、隣のレジに進む直前、すぐ後ろに並んでいたオバサンに「また注文が決まっていないんで、よかったらお先にどうぞ」と言ってローテーションを強引に変えただけだが……。
「は、はい……あのぉ」
初めて正面から見るマナカの顔に、リュウヘイの心臓は爆発しそうだった。そして今頃になって「髪をとかしてから列に入ればよかった」や「ヤベェ、制服のシャツヨレヨレじゃね?」などの(本人にとっては大きな)後悔が次々にリュウヘイの脳内を襲う。
「えっと……ダブルチーズバーガーの……セ、セット……を」
更に緊張で言葉が途切れ気味だ。同じ女子でもカエデのような昔からの仲間ならば屈託なく話すことが出来るのに……。
「お飲み物はいかがなさいますか?」
「コーラ……じゃなくて、コーヒーを」
何となくコーヒーを選んだ方がカッコいいかな?……と思ってのオーダー変更だった。その後、ご丁寧に「ブラックで……」を付け加える。
「サイドメニューはポテトでよろしいですか?」
「……はい」
「ではご注文を繰り返します。ダブルチーズバーガーのセット。サイドメニューはポテト、お飲み物はコーヒーのMサイズブラックで」
「はい」
「ご一緒にストロベリークリームパイはいかがですか?」
「はいっ!?」
恥ずかしさで顎の角度が下向きだったリュウヘイだったが、想定外の話の流れに思わず顔を上げてしまった。
「はい、只今期間限定のパイを販売しております」
好きな女の子に笑顔で勧められたら買わないワケにはいかないだろう。しかしリュウヘイの場合、頭の中で考えるよりも早く、口の神経がそれに反応してしまった。
「10個! 10個下さいっ!」
テーブル席には、トレーに乗せられたダブルチーズバーガーセットとパイが1つ。残りの9個はテイクアウトとして紙袋に入れてもらった。
限定ストロベリークリームパイは1個150円なので1500円も余計に使ってしまったことになる。小遣いが月5000円のリュウヘイには結構な痛手だ。
自分は自分が思っている以上にバカなのだろうか……。日本一のバカではないとは思うが、少なくとも今、この店の中で一番のバカは自分かもしれないとはリュウヘイは思う。
それでも……、
(俺、今泉さんと話が出来たんだ‼️)
これに関しては、思い出すだけで口角が自然に上がってしまう。
あの後、カウンター越しのマナカは驚き、大きな目を更に丸くさせた。
「あの……、本当に10個もですか?」
いくら自分が勧めた商品とはいえ、10個と言われれば誰だって驚くだろう。
「はい。あ、美味しそうだから……家族にも買って行こうかな……って」
「ありがとうございます。家族の方、甘いものが好きなんですね?」
「はい、甘いものに目がない妹が2人もいて……」
しかも食べ盛りなヤツらだ。油断すれば今晩中になくなる確率は高い。それっぽい理由でごまかしたリュウヘイだったが、おかげで会話が自然に流れ始めた。
「優しいんですね。私は一人っ子だから、そんなお兄ちゃんがいたら嬉しいです」
(今泉さんは、一人っ子っか)
新しいマナカの情報をゲットした喜びと共にダブルチーズバーガーを思い切り頬張る。そしてあっという間にポテトごと完食をしてしまった。
(さてと……)
シメ(?)はマナカが勧めてくれたストロベリークリームパイだ。一口かじっただけで、ピンク色のクリームの断面が見える。
「あ、ウマっ……」
そしてこのパイはコーヒーとの相性が最高だった。
客席からはカウンターが見えないが、接客しているマナカの声が時々聞こえてくる。小遣いが入ったらまた来よう……と思いながらリュウヘイはコーヒーを飲み終えて立ち上がった。
(でも、次の小遣いまで長いなぁ)
財政難に陥ったリュウヘイはため息をつきながら、トレイを戻してゴミを捨てる。
その横で店長らしきオジサンが、何かの張り紙を張っているのが目に入った。
『急募‼️ 学生アルバイト』
(ま、マジで!?)
落ち着いたはずの心臓がまたドキドキしてきた。
(万年金欠病から脱出できる上に、今泉さんと同じところで働けるなんて‼️)
そのままガン見してしまったのだから、当然店長と目が合ってしまう。
「……どう? 一人辞めちゃったから、早く人手がほしいんだよね」とリュウヘイの心を読んだかのようにニッコリ微笑む店長。
(……でもなぁ、俺、バイトやったことないし、バカだし不器用だし、いきなりファストフードはキツイかな……)
心の中で『突進モード』と『客観モード』のリュウヘイが言い争っていたが、先ほど同様に口が先に動いてしまった。
「や、やります‼️」
②↓に続く