私たちが暮らす、いまの集落がつくられた頃の話。——「村」を〈一個の交渉主体〉として捉え直す 『中世「村」の登場—加賀国倉月荘と地域社会』 若林陵一
中世後期、各地では、ひとつの荘園に複数の「村」と領主権力があらわれた。
現代まで「集落」とされてきた「村」は、その成り立ちにおいて荘園制における領有主体の多元化が関係していた。
中世後期(14~16世紀頃)における「村」の登場をめぐる社会について、加賀国倉月荘(現石川県金沢市北東部)を舞台に、「村」が織られていくようすを検証する。
本書は、「村」が成り立ちゆく最たる画期が中世後期に設定できるという見解により展開されていく。
そしてそのような「村」が有する大きな特徴が自力であったという点—つまり自立した「村」のすがたをとらえ、同時に複数の多様な在り方があったことに注視する。「庄」や「郡」など複数種類の制度的枠組があったこと、またひとつの荘園のなか多様な村々がそれぞれ近接したかたちで併存したことにも注意しながら、ふたつの部に分けて論証を進めていく。
○本書の視点・構成
第Ⅰ部では倉月荘における「村」の成り立ちを、同荘社会の変遷に着目して考察する。
倉月荘では複数の「村」出現と、同じ頃に複数の領主権力が存在した。荘園制下で領有主体の多元化(摂津氏など複数の領主へ)が関係していたこと、各「村」にみえる中世後期(成立期)から中近世移行期(~17世紀頃)までのそれぞれ異なったすがたを確かめ、各「村」が登場する環境を追究した。
第Ⅱ部では倉月荘の状況をほかの地域(他国・他荘園の事例)とも比較する。
中世後期の「自力の村」論や地域社会論の成果と、制度的枠組に注目した研究も踏まえて、倉月荘をめぐる「郡」(河北郡・石川両郡)を意識した考察を展開。各地で複数の領有主体や外部諸勢力が関与し、「郡」や「庄」など社会・制度上の枠組とも重なり合うなかで各「村」=一個の交渉主体があらわれた様子について言及している。
著者の若林氏は「村」の成り立ちを〝線〟と〝面〟で捉えている。それは普段わたしたちの暮らしている町や風景を、じっと見つめる先に思い出された絵なのかもしれない。
ごく自然な追究の先にはごく自然な「起こり」があり、またその穂先にわたしたちが居るということに立ち戻ったとき、これらの〝線〟と〝面〟が意味を持って交差しているという事実に導かれるはずだ。
(桂書房・編集部)
◉書誌情報
『中世「村」の登場—加賀国倉月荘と地域社会』
若林陵一
2023年10月23日刊行|A5判・232 頁|ISBN978-4-86627-141-5