それは決してそり立っていたのではなく僕たちを包み込んでくれていたんだ

僕はその子に恋をした。

僕はその子とデートをした。

僕はその子と手を繋いだ。

僕はその子をギュッと抱きしめた。

僕はその子とくだらないことで笑い合った。

僕はその子と知らない場所へ行ったりした。

僕はその子と夜の公園でバドミントンをしたあと星を眺めた。

僕はその子のことが好きだった。

僕はその子とキスをする勇気が出ないでいた。

僕はその子の家に遊びに行った。

その子の家は立派な一軒家だった。

僕は庭に広がる光景を見て呆気に取られた。

その子の家の庭にはSASUKEのセットがあった。

その子の父親はSASUKEガチ勢だった。

その子の父親はSASUKEのサードステージまで進んだことがあった。

その子の父親はSASUKEに出るときは90番台の番号だった。

その子の父親は落下する前にCMを挟まれたことがあった。

その子は父親の応援で夜の緑山で黒のベンチコートを着たことがあった。

僕はまさか自分が好きになった女性の父親がSASUKEのサードステージまで進んだ人であるだなんて思いもしなかった。

その子は僕をじっと見つめ、か細い声で ”ごめんね” と言った。

僕はその子がSASUKEのセットが原因で恋人と別れた過去が何度かあったのだろうと一考した。

僕はその子が謝ることはなにもないと思ったし、またその子のそんなところが愛おしかった。

僕とその子はその夜、部屋からその子のご両親の幸せな笑い声が聞こえる中、ご両親に見えないよう、そり立つ壁に隠れて初めてキスをした。

それは決してそり立っていたのではなく僕たちを包み込んでくれていたんだ。




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