恐らく人生で最初で最後に「ひょえ?」って言った

受験モードのピリピリした教室の空気感に嫌気がさし学校をサボった。
今頃3限目だろうか。
両親は仕事に出てるので昼食が用意あるわけもなくコンビニへ向かった。
距離をショートカットしようといつものように公園の中を斜めに通ろうとした矢先、ブランコに座っているその人の存在に気が付いた。

榎本はるかだ。

高校で唯一3年間同じクラスの生徒が榎本。
遅刻は当たり前、朝から登校しても決まって早退。休むことも日常茶飯事。
教室では常に一人で、3年になってから彼女が誰かと話しているのを見たことがない。1、2年でも数える程度。ちなみに俺は一度もない。  
担任や他の教師たちはあるタイミングで何かを諦めたのだろうか、以前よりも相手にしなくなった。
同学年の間では抽象的に言うと、”やばい奴”ということになっている。
できるだけ関わらない方がいいという暗黙のルールがある。

今日も欠席か。
いやでも制服を着ているから今から行くのか。じゃあ遅刻か。

ショートカットを諦め違う道から行こうとしたとき、1年ぶりに聞くその声がした。

「尾関くんじゃん」
「え」
「なにしてんの?」
「あ、あぁ。サボった。学校」
「ふーん。真面目だと思ってた」
「…名前、覚えてたんだ」
「流石に覚えるでしょ。3年間同じクラスなんだから」
「いやだって初めて喋るから」
「なんで喋ったことない人の名前は覚えてないって決めてんのよ」
「まぁそうだけど。学校は?」
「今から行く」
「また遅刻じゃん」
「サボってる人に言われたくないんだけど」

1分ほど沈黙が続く。

「あのさ、キャバクラで働いてるって本当?」
「はぁ?そんなわけないじゃん(笑)なにそれ」
「いや、噂で」
「どんな噂よ」
「じゃあ校長の孫ってのは?」
「違うよ」
「芸能事務所に入ってるってのは?」
「ないない」
「本当は留年してるってのは?」
「ないよ(笑)みんな好き勝手だなぁ」
「そう思われてもしょうがないじゃん」
「しょうがないってなに(笑)あのさ、私あれだから。すっごい普通なのにこの感じだから」
「え?」
「この感じってだいたいなんかヤバいことやってるじゃん。髪染めたり煙草吸ったり30歳ぐらいの人と付き合ったり。でも私の場合普通だから。特になんにもしてないのにこの感じだから(笑)」
「この感じが普通じゃないじゃん」
「それは言わないでよ」
「え、なんでちゃんと学校来ないの?」
「んー。なんでだろうね。別に嫌いじゃないんだけどね」
「でもきっかけはあるでしょ」
「まぁ、なくはないけど」
「教えてよ」
「まぁまた今度ね。じゃあ学校行ってくる。ちょうど古文が終わる頃かなー」
「またっていつだよ」
「しつこなぁ。じゃあね」

学校に行く榎本を見送るなんてなんか自分がもの凄く悪いことしてるみたいだ。
なぜだかわからないけど榎本の背中を見ながら榎本のこの先の人生を思い描いていた。この先どんな人生を歩むのだろう。

「あ、そうだ尾関くん」
「え」
「一緒にM-1出ない?」
「ひょえ?」


恐らく人生で最初で最後に「ひょえ?」って言った



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