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ただそこに存在しているだけなんだけど、空に浮かんだ雲のように、私はたまに気付かれない

うわぁーーー!!!!


休日出勤で人の少ない職場内に突然こだまする叫び声。
こちらの方がビクッとしてしまうのだけれど、相手は失礼にも私の存在に驚いて大声を出していたのである。

実はこんなことには慣れっこだ。

それは人に対して発言するには失礼だろう? と、突っ込みたくなるような言葉を、私は若い頃から投げかけられることがあった。


存在消すのやめてくれる?
ホントびっくりするから。


いやいや、失礼な! 私はさっきからここにいたし、存在していましたけど!? と、必死に訴えはするのだけれど、でも、実は内心クスっと笑っていたりもする。
わざと存在を消すなんて、そんな高度な技を身に付けているわけではないのだけれど、何も特技を持ち合わせていない私の、唯一周りから言われる特技が、「存在を消せる」こと。
自分で意識しているわけではないから、喜んでいいのやらどうやら……。

誰だって無視されるのなんて嫌に決まっている。
けれど、目立つことが嫌いな私は、わざとではないのだけれど、自然と存在を消してしまうことがある。


いつからそうだったのだろうと振り返ると、幼い頃まで記憶はさかのぼる。
3人兄弟の末っ子の私は、兄姉にいじめられ嫌な思いをすることも多かった。けれど、そんな私の嫌な思いと引き換えに、親に怒られるのはいつも兄姉の役目だった。
母親の怒り心頭中、変に声をかけてはいけないことを子供の頃から知っている。
兄弟げんかが原因で兄姉が怒られている尻目に、親の説教が長いせいもあり、しばらくすると私一人テレビの世界に入り込み、いつの間にか存在を消している。そんな子供だった。

大学の頃もそうだった。
割と大きなサークルに所属していて、1年に数回、全員参加の大きな飲み会が行われる。お酒の席に同席するのは良いのだけれど、会話の中心になることもなければ、話題を振られるのも出来れば避けたいと思っていた。皆が楽しそうにしているのを、ただ傍から見ているのが好きだったから、端っこでウーロン茶を片手に、ひっそりと、皆が残したものを一人黙々と食べ続けていた。当時からお酒より食べることが専門だった。
会話にも加わらず、一人の世界に入り込んでいることもしばしば。

それでも、やはり会話に入りたくなる瞬間もある。
黙っていればいいものを、自分が知っている話題になるとついつい口を出してしまいたくなるものだ。私がスルッと会話の中に加わると、必ずと言っていいほど数人の、特に私に背を向けてていた人たちの肩が跳ね上がる。
そして、必ず非難を浴びせかけられるのだ。

やめてよー、びっくりするから!!!
てか、今までどこにいたの!?

いや、あなたたちの後ろにずっといましたよと、座っていた座布団を指さすのだけれど、結局それで会話がとん挫し、話したかったことは話せずに気まずい空気になってしまう。そんなことも良くあった。


最近では飲み会すらないのだけれど、仕事中でも仕事に関わらない、加わらなくていい会話が始まると、スッと自分の世界に入ることが出来る。PCに目をやり、他の人の会話はBGMのように聞こえていて、内容までは脳に到達しない。

けれどつい数日前、久しぶりに本気で驚かれてしまった。
どうしても休日出勤しなければならない日があり、その日は、営業も数名出勤していたけれど、みんな席を外すことが多い日だった。事務系の職員も私以外誰も出勤していなくて、しばらくの間、私はその部屋に一人で業務を続けていた。

一人黙々と仕事をしていると、営業をしている女性が部屋に戻って来た。いつもなら私も挨拶をするし、その人も快活なタイプなのだけれど、その時は私に目もくれず、広いオフィスの反対側の席に私に背を向けて座った。

機嫌でも悪いのかな?
私からも声をかけなかった。

考えても仕方がないので、また仕事に戻りタイピングを始める。集中し始めたところで、その女性の叫び声がオフィスに響き渡る。

うわぁーーー!!!!

頭を切り替え仕事に集中し始めていた私は、一瞬何が起こったのか分からず、ビクッとしてしまった。

いつからいたんですか!? 
てか、なんで声かけてくれないの!?
と、咎められる。

いや、入って来られた時からいましたけど、忙しいのかと思って……
と、釈明する私。
何も悪いことをしているつもりはないのだけれど、また言われてしまった。

気配消すのやめてもらっていいですか!?


確かに、誰もいないはずのオフィスに突然タイピングの音がこだますればそりゃぁ驚きもするのだろう。
こっちとしては、機嫌が悪いならそっとしておいてあげようという優しさのつもりだったのだけれど、そんなことを説明しても、あまり信じてもらえそうにもなかった。腑に落ちないまま、一応謝って終わらせた。

久しぶりだったからか、なんだかこの出来事が頭に残ってしまってその日の夜は寝付けなかった。慣れっこだから、ショックなわけでもない。

うーん、この能力他に使えないだろうか……?

と、そんなことを本気で考えてしまった。
いや、無理だろ
って、最後には自分でツッコミを入れて、目をつむる。

眠りにつきかけた、ぼんやりとした頭の中で
やっぱり私は曇り人だな
なんて、以前書いた記事のことを思い出していた。

空にぽっかり浮かんだ雲のように、たまに忘れられるような私。
晴れの日の太陽や、めぐみの雨のようなそんな目立った存在にはなり得ないだろうけれど、ただそこにいて、たまには陰を作って、人を安心させるような、そんな雲のような存在になれたらいいなと思い始めた。
今は驚かれることも多いけれど、それでもいつかは、その存在の必要性に気付いてくれる人に巡り合い、『曇り人』としての人生を見つけようと、そんな風に考えながら眠りについた。

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