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ARCHIVES『THE NIKKEI MAGAZINE Ai』プレミアムクラブ会員向けメールマガジンその6「演出・舞台美術編(2)」(2015年11月~2023年3月配信/文:Katsuma Kineya、編集:講談社、配信元:日本経済新聞社)

廻り舞台、セリ、がんどう返しの見どころと見せどころ

2018年11月16日配信

 歌舞伎では、大がかりな仕掛けや装置などをひとくくりにして、大道具といいます。手がける人は大道具師。今回からしばらく、この大道具の世界をのぞいてみたいと思います。

江戸時代の大発明、廻り舞台

 いまでこそさまざまな演劇で使用されていますが、廻り舞台(盆)は元来歌舞伎独特のもの。明治以降は海外にも影響を与えています。舞台が廻る仕掛けの初登場は、正徳・享保期(1711~36年)。ぶん廻しというもので、舞台の上に車輪付きの四角い板を載せて回す二重舞台でした。この四角い板を丸い盆にし、廻り舞台の原形を発案したのが、歌舞伎作者の初世並木正三(なみきしょうざ)。宝暦8(1758)年のことです。独楽をヒントに、心棒を通して奈落で操作するという画期的な仕掛けでした。おかげで客席から裏方が見えず、廻り舞台のぐらつきも軽減。間もなく、舞台を丸く切り抜いて平面で回す、現在の形に改良されます。ちなみにいまの五代目歌舞伎座では、舞台下がなんとビル5階分。公式ホームページに写真が載っていますが、壮観です。現在は電動、昔は人力で回しました。廻り舞台にさらに切り込みを入れて内輪と外輪を逆方向に回す形もあり、蛇の目廻し(二重廻し)といいます。空襲で焼失した三代目歌舞伎座の舞台はこの蛇の目廻し。

 廻り舞台は、この9月にも、歌舞伎座「秀山祭九月大歌舞伎」『河内山』で吉右衛門の名演技を引き立てていました。『河内山』でのように、照明を当てたままで回すことを明転(あかてん)といいます。照明を落とす場合は暗転、幕を下ろして回すのは蔭廻し。明転の魅力は、場面が移っていく余韻を味わえること。次の場面に完全に切り替わるまで演技は続き、時の流れが途絶えません。舞台が廻るのに合わせて、ほかの大道具が入れ替わったり添えられたりしながら、流れるように次の場面の形が整っていきます。

 廻り舞台上には2場面、3場面をしつらえますが、それぞれ二杯飾り、三杯飾りと称します。廻り舞台も、次に紹介するセリやがんどう返しもケレンの一つ。

ドラマティックな効果抜群の、セリ

『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』では、日本駄右衛門を乗せた極楽寺山門が、舞台下から徐々に豪華絢爛な姿を現します。この場面に使われているのが大ゼリ。屋体(舞台に飾る建物)を載せてアップダウンします。『連獅子』で獅子を乗せてせり上がるのは小ゼリ。五代目歌舞伎座には舞台奥から手前にかけて4種類のセリがあり、手前の俳優が引っ込むのと同時に、そのすぐ後ろから別の俳優が現れたりと変化に富んだ演出が見られます。花道の回で紹介したスッポンもセリの一種。セリの発案者も並木正三です。

 ところで、屋体は、平舞台か一段高い土台(二重/にじゅう)の上に設置するのですが、その床の高さで建物の格式がわかります。民家は平舞台か常足(つねあし・約42センチ)、御殿のように立派な建物は高足(たかあし・約84センチ)。ほかに尺高(しゃくだか・約33センチ)、中足(ちゅうあし・約63センチ)という高さも。この“床”のように、昔から仕様が決まっていて劇場に常備されている大道具は、定式(じょうしき)大道具または定式物といいます。立木、木戸、欄間、障子、勾欄、階段などを組み合わせた屋体そのものにも、定式屋体と呼ばれるものがあり、壁の模様や飾り付けなどで雰囲気を変えます。

アクロバティックな、がんどう返し

 前述の『青砥稿花紅彩画』では、山門せり上がりの前にも驚きの仕掛けがあります。それががんどう返し。弁天小僧菊之助が極楽寺の大屋根で立廻りした末に切腹すると、弁天小僧を乗せたまま、屋根が向こう側にひっくり返っていきます。足もとの屋根の裏側には青空と満開の桜が描かれており、その背景画が現れると同時に、山門がせり上がってくる仕掛け。『南総里見八犬伝』でも、犬塚信乃戌孝と犬飼現八信道が乗った芳流閣の屋根のがんどう返しが見もの。

 次回も大道具を紹介します。

(参考資料:『新版 歌舞伎事典』平凡社、『【岩波講座】歌舞伎・文楽 第2・3巻 歌舞伎の歴史Ⅰ』岩波書店、『歌舞伎の解剖図鑑』エクスナレッジ、公演筋書き、『歌舞伎美人』『文化デジタルライブラリー』『歌舞伎座舞台公式サイト』)

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ツケ打ちの見どころと見せどころ

2018年12月14日配信

 歌舞伎の大道具方(大道具師)は、俳優の演技や存在が際立つように、芝居の背景を作ります。その守備範囲は広く、前回もご紹介したように歌舞伎特有の演出“ケレン”を表現する場合もあります。さらに、ライブで背景を作ることも。その仕事がツケ打ちや幕引きです。

ツケとは芝居に音をつけること

 ツケ打ちの“ツケ”は、芝居に音をつけるという意味。“ツケ打ち”はツケを担当する人です。芝居に夢中になっているとなかなか気づかないかもしれませんが、ツケ打ちは、ツケの必要な場面になると、舞台上手(向かって右)の舞台端(ぶたいばな)に黒い衣装を着て座ります。両手にツケ木(ツケ柝、柝)を持ち、これを、正座したひざの前に置いた四角いツケ板に打ちつけて音を出します。ともにツケ打ち一人一人が自分専用のものを所有。ツケ木はカシ材で作られ、ツケ打ちの手の大きさにもよりますが、基本的に縦約21〜24cm×横約4.5cm×高さ約3.6〜3.9cm。片端をかまぼこのように丸く削ってあります。ツケ板は十分自然乾燥させてから製材され、大きさは縦約36cm×横約66cm。厚みは最初約2.4cm〜2.7cmぐらいですが使用するうちにどんどん減っていきます。
 なお、関西ではツケ打ちは狂言方の仕事。かげ打ちともいいます。狂言方は大道具、小道具など舞台のすべてに責任を負う職種です。

見得を強調するツケ

 ツケは、2種類に大別できます*。一つは見得の場面のツケ。観客の気分の高揚にひと役買ってくれる、あの「バタバタバタバタ、バッタリ」という効果音です。つい一緒に首を回したくなるのも(笑)、俳優の演技をツケが見事に引き立てているからでしょう。見得のツケはバッタリ。とくに幕切れの大見得のツケである“打上げ”では、小刻みな音で段々と盛り上がっていって最後にバッタリと決まります。クライマックスにふさわしい力強いツケです。たとえば、様式美の粋が集約された『寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)』。幕切れに、豪華絢爛な衣裳を着けた登場人物が、錦絵のように美しい“絵面(えめん)の見得”をします。このときにツケが響き渡り、会場はため息交じりの高揚感に包まれます。絵面の見得は、複数の登場人物が絵のように居並び、一斉に見得をすること。見得には必ずツケが入りますから、いわば音付きの動く絵を見ているわけで、ほかの演劇のフィナーレとも違う、まさに歌舞伎独特の見どころの一つです。

擬音、足音などを表現するツケ

 動作やものの音の強調にもツケが入ります。早足で歩いたり走ったりするときにバタバタ、立廻りや捕り物でバタッバタッ、紙やかんざしなど、本来はほとんど音のしないものが落ちたときにバラッ……。人や動物をたたくときにもツケが入ります。ツケにも決まりごとがあってよく聞いていれば法則のようなものもわかるのですが、それを知るよりも、ツケによって強調されるままに観ていくのがおすすめです。強調されるにはわけがあり、物語の要だったり、見せ場だったりするからです。足を跳ね上げて様式的に表現する駆け足などに入るツケは“韋駄天”、義太夫狂言の三味線に合わせて打つのは“さわり打ち”といいます。ぶつかったときにものが落ちる音は“ソク”。

ツケ打ちの匠の技

 どのツケも、そのときどきの演出に合わせてリズム、音が微妙に異なります。俳優によっても左右されます。六代目尾上菊五郎(1885〜1949年)は大げさすぎるとツケを打たせないこともあったといい、相手によって打たせたり打たせなかったり**と名優だけにツケにもこだわりがあったようです。また音の出方は舞台や天候にも左右されるので、状況に合わせて打ち方を変えて、結果として同じ音に聞こえる技が必要。いずれにしても、ツケ打ちも、長い歴史を受け継ぎながら、経験を積み重ねることで得られる技です。本当に歌舞伎は奥が深いですね。

 次回は幕引きと舞台美術について紹介します。

(参考資料:『新版 歌舞伎事典』平凡社*、『歌舞伎の楽しみ方』岩波新書**、『歌舞伎ハンドブック第三版』三省堂、『歌舞伎美人』『文化デジタルライブラリー』『歌舞伎座舞台公式サイト』)

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幕引き、柝の音、道具帳の見どころと見せどころ

2019年1月25日配信

 歌舞伎では、幕と“柝の音(きのおと)”の絶妙なコンビネーションが、観客をファンタジーの世界へといざないます。

経験がものをいう幕引き

「幕」の回で少し触れましたが、定式幕など引幕の開閉をする係を幕引きといいます。演目によってはもちろん、演出や俳優によっても、タイミングやスピードが微妙に異なるため、芝居をよく知っていること、つまりは経験がものをいう仕事。ツケ打ち同様専門職です。以前、十代目幸四郎(当時染五郎)が幕引きに挑戦している動画を見たときのこと。歌舞伎俳優も日常的に重い衣裳をつけて激しい動きをこなしていますが、それでも、閉め終わったあとには「息切れがします」とコメントしていました。歌舞伎座なら幅約27メートル、高さ約6メートルの舞台を覆う幕ですから、自在に動かすには大変な力が求められるわけです。そして、この幕の開閉になくてはならないのが“柝の音”。

柝の音は狂言作者の腕の見せどころ

 幕開きとともに鳴り響く柝の音。早めに客席に座っていると、幕開きの前にも、何度か鳴っていることに気づきます。
会場では、開幕30分前から、序幕出演の俳優が全員楽屋に揃ったことを知らせる音楽(着到)が演奏されています。これだけでも十分、歌舞伎気分になるのですが、この音楽が「チョンチョン」という柝の音で鳴りやみ、さらに開幕直前に柝の音が「チョーンチョーン」と響くころには観るほうも準備万端。期待はピークに達しています。客席から聞こえやすいのはこの2回だと思うのですが、耳を澄ませていると、ほかにもどこか奥のほうで柝が鳴っているのが聞こえます。これは、俳優ほか関係者に、舞台の準備が整ったことや時間などを知らせるためのもの。柝の音によって幕開きまでの進行がわかるのです。
 開演後も柝の音は続きます。浅黄幕や道具幕の振落としなど“幕”の動き、セリの昇降など舞台演出のきっかけに、「チョン」と一丁柝が鳴ります。閉幕時には、きっかけとなる“柝頭”が打たれた後、連打(刻み)が続きます。とくに芝居の終わりに打たれる柝の音は、華やかなのにどこかもの悲しいような、独特の響きがあります。聞くほうの気持ちによってそう響くのかもしれませんが。
 こうした重要な役割を担う柝を打つのは、狂言作者。かつては実際に狂言(演し物)の脚本を書いていました。現在は、台本の確認や改訂を行い、配役について細かく記した“附帳”を作成。この附帳に基づいて衣裳やかつら、小道具などが調えられます。さらに“道具帳”(後述)などの舞台美術関連や当日の舞台の確認、舞台進行管理など、舞台にかかわることのほとんどが狂言作者を通して進みます。手紙などの小道具の文字を書くのも狂言作者の仕事。
 ちなみに“柝の音”は、相撲では“きのね”と読むのが一般的とか。宮尾登美子著『きのね』では主人公が歌舞伎を知らないことを表すために“きのね”という言い方を使っています*。
前回ご紹介したツケ打ちと今回の柝の音は、同じように2本の細長い木片の打楽器を使いながら、それぞれまったく異なる効果を生み出し、見事な使い分けで、舞台を彩ります。ともに文楽でも使われる、日本古典演劇特有の演出方法。

舞台美術の設計図、道具帳

 道具帳は、舞台を正面から見た図。劇場に合わせて50分の1の縮図で描かれます。これをもとに舞台装置が作られるので、道具帳はいわば舞台美術の設計図。筋書きなどに掲載されているものを見ると、でき上がりは日本画のような美しさです。その3D版を背景に俳優が演じるのですから、観客が、まさに動く錦絵だと感じるのも当然かもしれません。道具帳は照明も考慮して描かれます。照明や音楽については、いずれ機会を改めて……。

 次回は、最近話題の超若手俳優についてご紹介します。

(参考資料:『新版 歌舞伎事典』平凡社、『歌舞伎の楽しみ方』岩波新書、『歌舞伎ハンドブック第三版』三省堂、『歌舞伎美人』『歌舞伎座舞台公式サイト』『ことばの研究 NHK文研』*)

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「演出・舞台美術編(1)」

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