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【万歳、 日常】 「まちがなくなるんですよ」(2024/05/31)

電気湯の公式インスタグラムでのリレー連載『万歳、日常』から僕のポストを転載。日常を綴ります。


インスタでも度々投稿していますが、先週末に愛知県蒲郡で開催された「森、道、市場」というフェスに出展させていただきました。3年前から毎年お誘いいただけて、全力で頑張って毎年ヘトヘトになって帰ってくるのですが、やはり年一回は行かないとなんだか物足りなくなってしまうくらい魅力的で中毒性の高い催しです。
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「借金」という2文字を洋服に刷るワークショップを淡々とやっていた、憧れの柿次郎(Twitter, Instagram)さんのブースにて、稲とアガベ(Instagram)の岡住さん(Twitter, Instagram)にお会いしました。お話を伺うとどうやら色々な事業に向けて大きな借金をブン回しているらしく、同じく借金に向かって突っ走ってる僕からすると大先輩だし、僕だったらもっと悲壮感が出てしまいそうなものなのにずっとニコニコしている、不思議な魅力で溢れている方でした。
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終始ニコニコしていた岡住さんは、本当に楽しい人だなーと思っていたのですが、やはりその優しい狂気じみたものの根源が気になってしまい、勢いに任せて「なんでこんなことをするんですか?」と聞いてみました。すると、一瞬だけ真顔になって、一言、「まちがなくなるんですよ。」とだけ返ってきた。僕は、僕自身からすると相当の覚悟をもって電気湯を続けているのですが、岡住さんのこの返答は「さすがにこの言葉には敵わない」と直感してしまうほどの鋭さでした。
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京島は、日々風景が変わり続け、「明日にはもうこの日常はなくなってしまうかもしれない」という切迫感が緩やかに流れ続けているまちです。ずっと続いてほしいこの日常が、ともすれば続かない可能性の方が高いことをみんな知っている気がする。僕はそういった儚くて優しい地元の風景がなくならないようにと銭湯をやっているわけだけど、「このまちがなくなってしまう」から数億の借金を背負い、雇用を生み出し、居場所を作り続けるという、迫り来る絶望感とそれに対するパリッとした行動と覚悟じみたものは、いまの僕にはとうてい辿りつけない。
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今回の森道市場で感じたことは、(いい意味で、)たぶん電気湯はもう僕の手に負えないものになってきているということです。森道で電気湯のことを楽しそうに説明してくれているメンバー、それこそ僕らが森道に来ているあいだに電気湯を守ってくれてる電気湯卒業生、日々お湯を沸かし浴室をピカピカにしてくれるメンバー。毎日、番台でお客さんたちの日常を彩ることができるのも、素敵なメンバーがこの場所を一緒に作り上げてくれているおかげです。意地で「オレが継ぐ」と言い放ってから4年あまり、思えば随分と遠いところに来てしまった。いままで電気湯がやってきたことも、いま電気湯がやっていることも、そしてこの連載すらも、何ひとつ僕だけでは作り上げることはできなかった。
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そんな調子で、僕も電気湯も常々いろんな方々にお世話になっているので、今年の森道市場では今までしたことがなかった挨拶回りもやってみたりしました。結局のところ、気分的には久々に会える先輩たちや会いたい方々に会いにいって、お酒を飲んだりおしゃべりしたり、やってることは今までとさほど変わらなかったのですが、こうしていろんなメンバーやお客さんの気持ちを日々感じてから行くと、「電気湯の大久保です。」という言葉がだんだんと、しかし明確に重いものになっていく気がします。ちょっとだけ背筋が伸びていくのを感じる。
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挨拶回りといえば、最後にお礼する時の手土産とか、会話のネタとか、(やはり現場はお互いにドタバタしているので)上滑りしてしまう僕の軽い言葉とか、準備不足と心くばりが足りなくて、本当に不甲斐ない思いをしました。こういうところは、やはり社会人経験をしっかり積んだ方が良かったかもしれないと思ってしまいます。来年こそは、と思いつつ、「いやいやそこは今日からですよ。逃げないでください、気合いですよ」と副店長の声が聞こえてきそうな気がする。気合いですよ、みなさん。
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2024/05/31 - Original Post
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