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自己有用性の原理

ある物事や行為、現象や信念が、役に立つとはどういうことかを考えていて、一つの気づきがありました。

役に立つとは、AがBの役に立つ、というような別の何かにポジティブに影響するという捉え方が一般的です。しかし、この捉え方だけで突き詰めていくと、究極的には何にポジティブな影響を与えることが真に役に立つのか、という疑問に至り、究極的な目的や価値は何かという答えを出すことが困難な問いに帰結していくことになります。

この考え方は、うっかりすると、究極的な目的や価値に結びつかない物事は、役に立たないという見方をしてしまう恐れがあります。このように究極の目的や価値に結びつける考え方を、根源的有用性と呼ぶことにします。

一方で、AがAの役に立つというように、その物事が存在あるいは発生する事が、その物事自体の存在や発生に役立つという場合があり得ます。ポジティブなフィードバックループがある場合です。このように、自分自身の役に立つ状態を自己有用性と呼ぶことにします。

この記事では自己有用性を中心に、有用性について掘り下げていきます。

■影響ループ

自己有用性について考える時、一切、他の対象が関わらないということは、ほぼ考えられません。

先ほど、自己有用性について「AがAの役に立つ」という表現をしましたが、これはAがBに影響し、BがCに影響し、その結果CがAにポジティブな影響を与える、と言った影響を与え合う関係のループ構造が背景にあります。このようなループ構造があれば「AがAの役に立つ」ということが成り立ち、結果としてAは自己有用性を持つ、と言えることになります。

このため、この影響のループの形成が自己有用性にとって重要です。このループを私は影響ループと呼んでいます。

■単体の影響ループの力学

先ほどの例で、A、B、Cの影響ループを示しましたが、Aが自己有用性を持つためには、最後のCからAに与える影響がポジティブである事が最低条件です。この最低条件が満たされていれば、AがBに与える影響や、BがCに与える影響がネガティブであっても構いません。

ただし、この影響ループ1つだけしか世界に存在しない場合、BやCへの影響がネガティブであると、影響ループ全体としては持続可能ではありません。この影響ループがBやCにネガティブな影響を与えてしまうと、BやCがなくなるかもしれません。もしBやCが人であれば、嫌になってこのループへの参加をやめてしまうでしょう。

従って、Aが自己有用性を持ち続けるためには、基本的には影響ループに関わる全ての対象にとって、影響ループがポジティブであることが望ましいのです。

■複数の影響ループの力学

一方で、影響ループは複数存在し得ます。現実世界には、それこそ無数の影響ループが存在しています。

原子や電磁波といった物理的な対象から、化学物質、生物、人間、社会、知能から信念、想像や予測まで、森羅万象が互いに影響を与え合っています。そして、様々な影響がつながり合い、ポジティブなものであれネガティブなものであれ、その混ぜ合わせも含め、無数の影響ループが存在しているはずです。

1つの対象は、複数の影響ループに組み込まれ得ます。その対象が自己有用性を持つかどうか考える時、組み込まれている個々の影響ループ毎に有用かどうかを評価することもできます。しかし、最終的には全ての影響ループを総合して、「AがAの役に立っている」かどうかを評価することになります。

その対象と影響ループとの関係が固定的で流動性が無い場合、個別の影響ループにおいてネガティブな物が混ざっていても、総合的にポジティブな方が大きければ、その対象は有用です。一方で、影響ループとの関係が固定的であるにも関わらず、総合的にネガティブな方が大きければ、その対象はやがて何らかの形で概念的には消滅することになるでしょう。

その対象と影響ループとの関係に流動性があり、有用な関係を留める力学が働く場合には、ネガティブなフィードバックを受ける影響ループとは関係を切り、ポジティブな影響を受ける影響ループとの関係を維持するように関係を変化させていくはずです。あるいは、既存の影響ループにおけるフィードバックをネガティブなものからポジティブなものに変えたり、よりポジティブになるように、影響の与え方を変化させる場合もあります。

■生命と知性

複数の影響ループがある世界では、総合的な評価が必要です。自己有用性を持つものが存続し続け、そうでないものは変化するか消失することになります。

この時に、全くの無機的な現象しかない状態では、基本的に影響ループは自然発生します。しかし、一時的には留まる事もありますが、やがて別の力が加わって崩れます。これが繰り返されます。

その中で、一時的に有用なものが継続して存在することもありますが、影響ループの崩れによって、有用性も失われます。

一方で、生命や知性は、これを食い止めます。

生命や知性が存在すると、先ほど挙げたように「影響ループとの関係に流動性があり、有用な関係を留める力学が働く」という状態を作り出します。生命や知性という現象は、有用性を持つ物事に注目し、影響ループとの関係を変化させたり、対象が影響ループへ与える影響を変化させたりします。

つまり、生命や知性は「AがAに役に立つ」という状況を生み出したり、強化する仕組みであり、自己有用性を含む有用性を追求するメカニズムということができます。

■有用性の追求の果てに

生命や知性が、地球に初めから存在していたわけではありません。

化学物質による化学進化や、DNAによる生物学的な進化、そして教育や社会組織化による知性の進化、といった様々な進化の過程を通して、誕生したり強化されてきたものだと考えられます。

その過程は一見、全く異なるメカニズムによって成り立っているようにも見えますが、抽象化して考えると、影響ループにおける自己有用性の進化という形が見えてくるように思えます。

生命や知性と呼べるようなものがはっきりと形成されていない無機的な状況下でも、影響ループと自己有用性は形成され得ます。偶発的に、影響ループに関わる全ての要素がポジティブなフィードバックを受けるような影響ループが形成されたり、複数の影響ループが互いの要素へのポジティブなフィードバックを与えるような組み合わせが成立したりすることは、それほど複雑な化学物質が形成されなくとも実現し得ます。

こうしたポジティブフィードバックを実現する影響ループが登場しても、やがて大きな環境の変化にさらされることで影響ループが崩壊することになります。しかし一方で、ポジティブフィードバックを実現する影響ループは、小さな環境の変化に対しては崩壊せずに適応できるロバスト性を持ちます。

地球上の環境の変化は多様です。一方で、異なる影響ループは、異なるロバスト性を持ちます。様々な影響ループが形成されては崩れていく中で、適応性の高い影響ループが存続し、複数の影響ループが連携することで、より多様で強固なロバスト性が獲得されるでしょう。このステップが上手く進むことができれば、無機的な環境から、生命に近づいてくことは不可能ではありません。

従って、自己有用性の形成の積み重ねが、有用性を追求する生命を産み出したという考え方です。そして、生命による有用性の追求の果てに、知性が生み出されたという流れで、進化が進行したのだと思えるのです。

■自己有用性原理

根源的有用性は、その対象物に注目すると客観的な有用性ですが、一方でどういったものを本質的に価値があると考えるかは恣意的です。

一方で、自己有用性は、自分自身にフィードバックされることを重視する主観的な有用性とも言えます。しかし、自分自身にフィードバックするという自己有用性は、恣意的な判断を必要としません。

このため、根源的有用性は生命や知性など、何が有用であるかを判断する有用性追求の主体を必要とします。そして自己有用性は、生命や知性といった有用性追求の主体の存在を必要としません。何が有用であるかを恣意的に判断しなくても、自己有用性は成立し得るためです。

このため、生命の起源のように生命も知性も無い状況や、明確なリーダーや中央集権的な権力が存在しない状況では、自己有用性の高いものが存続し続けることになります。そして、複数の自己有用性のせめぎあいの中で、背反を引き起こす物同士はどちらかが勝ち残り、協力ができる者同士は協力することでより存続しやすくなります。こうした存続競争の中で、自己有用性を中心概念として、物事は進化していきます。そして、その進化により、全体として高度に発展していきます。

生命や知性を必要とせず、自己有用性により進化と発展が進行可能であることを、自己有用性原理と呼びたいと思います。

■システムエンジニアと有用性

私は個人研究として、生命の起源について、システムエンジニアの立場で思索しています。

この分野の多くの研究は化学や生物学の視点から、その専門家の方々によって進められています。一方で、生命現象は単なる物質や現存する生物の性質や機能の視点だけでなく、より包括的で抽象的なシステムとして捉える視点も重要だと考えています。

具体的な物質、性質、機能から少し離れて、本質的な構造とメカニズムをシステム視点で紐解いていくというアプローチには、まさにシステムエンジニアの知識と経験が生かせるのではないかというのが、私のアプローチの原点です。

システムエンジニアの視点で考える際、システム的に物事を考えるという観点になるという特徴があります。しかしそれだけでなく、エンジニアとして、実現可能性と実用性についても重視することになります。

私の個人研究はあくまで机上の理論の組み立てで、実際の化学物質の合成や生物の観察を行うわけではありません。しかし単なる机上の空論にならないように、理論として考えていることが、本当に現実に起き得るのか、そのための条件が揃っていそうなのか、ということにも意識を向けています。

また、ある現象や物事が、生命現象に対してどのように有用なのかということにも焦点を当てています。単なる副次的に起きている事なのか、生命現象の本質に深く関わっているのかを見極めなければ、非常に複雑なシステムである生命現象の中心にある基本構造や基本原理を捉えることができなくなるためです。

この点で言えば、私はいわゆる実用主義(プラグマティズム)の立場を取っています。生命の起源の個人研究以外にも、生き方や社会、知能など別の話題についての記事も書いていますが、いずれも、有用かどうか、役に立つかどうかという点を重視しています。

このような背景から、有用性は私の思索の中心にあります。

■生命の起源仮説と自己有用性

以前からいくつかの記事で、生命現象におけるフィードバックループの重要性に触れてきました。最近の記事では、そのループをつなぐ連鎖には、空間的移動、状態遷移、化学物質の加工処理、などいくつかの側面があり、それを抽象化すると、影響(effect)の連鎖であることを見てきました。

この影響が循環することで形成される影響ループが、ポジティブフィードバックループとなれば、自己強化されて存続し、それらが多数集まって競争と協調を繰り返す中で進化することが、生命現象の根幹であろうというのが、私の現在の生命現象の捉え方であり、生命の起源についてのシステム論的な仮説です。

また、その影響ループの担い手として、生命を構成する化学物質だけでなく、地球の池や水や河川といった地形的構造と、水の循環や昼夜や季節の周期的変遷、気象現象や地形の変化のようなある程度のランダム性が利用されているという考えも示してきました。

現在私たちが知っている生物は、化学物質が複雑な構造を形成して、高度な化学反応の連鎖が無数の影響のループを作り生命活動の維持に貢献しています。しかし、生物誕生以前の地球環境において、いきなり様々な複雑な影響ループが化学物質による化学変化だけで形成されたと考えることは難しいと思います。

そこで、生命の起源の初期には、様々な地球環境が影響ループの担い手として組み込まれており、それを利用して新しい化学物質が生成され、影響ループへの寄与に応じて自然選択されて化学進化が進行したと考えることができます。

化学進化で高度化した化学物質とその化学反応の連鎖によって、地球環境が担っていた役割を、化学物質のシステムの中に内製化することができるようになっていったのだと思います。こうして環境から独立して自立した影響ループを多数形成できるようになることで、生物が誕生したというのが、生命の起源における、システム視点での化学進化過程の私の仮説です。

この影響ループによる自己維持や自己強化を伴うフィードバックループについて考えていたことから、最初に挙げた自己有用性の着想に至りました。

■さいごに

この記事では、役に立つということについて考えたことを端緒に、自己有用性について掘り下げていきました。

私は、ループ中心の視点の重要性に着目していますが、影響ループを中心にしてシステムをモデル化することは難易度が高いことも事実です。自己有用性という観点であれば、個々の物質や対象物といった要素を中心にモデル化ができるため、理解は比較的容易です。

最終的には、要素中心のモデルとループ中心のモデルの両面からシステムの姿を表現できるようになれば、生命の起源における化学進化を始めとして、生態系や社会といったシステムについても、より深く理解ができるのではないかと考えています。


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