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■最後の秋の寓話

秋が好きだと思っていたが。

証拠を示せ、と言われても困る。確証があるのかと問われても、そう感じるとしか答えられない。客観的に示すことなどできないけれど、間違いなく分かるのだ。その蓋を開けてしまったという手ごたえと、それが全ての終わりだという確信が、私の中には間違いなくある。

「何かを手に入れるためには、必ず何かを失うということです。全てを手に入れる、という考え方自体が、矛盾していたのですよ。ずっと、私たちが言い続けてきたように」

カラスが頭の上で、カアカアと鳴いている。

黄昏。静寂に向かうまでのモラトリアム。

「知らなかったのだと、言い訳でもしたらどうですか。それとも、皆を救うためにはやむを得ない判断だったと、泣きながら訴えるとか」

別のカラスが飛んできて、意地の悪いことを言い始める。

「警告したはずです。真に恐れるべきものは内側にあると。敵ではなく、自分自身だと」

わかったようなことを言って騒ぐのが、彼らの常だ。わかっている。悪いのはすべて私だ。けれど、いまさら私を責めて何になるというのだ。

「予見できないもの、不可知のもの。それに触れずして生きる道は、選べなかったということか」

原子を制御して太陽のように毒をまき散らさない形でエネルギーを取り出す。あるいは、地中深くの無尽蔵の熱源をエネルギーに変換する。

人に代わる知の仕組み。そして、一つの時間で無尽蔵の情報空間を処理する。

工学的に分子スケールの装置を製造し、生化学的に細菌を意のままに操る。

エネルギー、知、制御。全てを手に入れることで、全てを失うことになるなんて。

「柱をかじるネズミを退治するのに、船底の板を数枚外しても問題ないが、いつかは船が沈むぞ」

「水槽の中で元気に泳いでいるうちは良いが、暴れすぎると水槽が倒れてしまうぞ」

「人の手では、指のすきまから漏れないようにどんなにきつく締めても、臭気を閉じ込めておくことなどできはしないぞ」

三羽のカラスが、品のない声でカッカと笑う。

少しいらだちを覚えて見上げると、いつの間にか、空と、そこらじゅうの枯れ木が、カラスたちの黒に覆われていた。まばらに開く、夜の帳のようだと思った。

一羽だけ真っ白な鳥がいた。私の知らない鳥だ。

「あと二か月あまり。この季節をお互い有意義に過ごしましょう。もう次の春は来ないのですから」

秋は、好きな季節だと思っていた。けれど最後の秋を、どんな気持ちで過ごせばよいというのだ。おそらくはこの手で、終わりの蓋を開けてしまった、この私が。

あまりに強いエネルギーの前では、地球は水風船のようなものだと言えばわかるだろうか。穴が開けば、しぼんでいく。開けることは容易だが、栓をすることも、まして水を元に戻すことなど、不可能だ。

あまりに高度な知性の前では、別の知性は無力だということは、分かりにくいことだろうか。チェスの無限の手数を終わりまで読めるコンピュータを前にして、私たちの知性で、どのような手を打てば負けないで済むのだろうか。こちらから試合を始めなくても、他の誰かが好奇心でその試合を始めてしまったら、あとは勝つか負けるかの世界に引きずり込まれてしまう。

目に見えない微小なロボットや、自然には存在しなかった細菌があふれる中で、何をどうすれば、崩れていくことを止められるだろうか。私もカラスたちや白い鳥も、自らの体は操れる。しかし、ナノスケールの構造は、自分の体であるにも関わらず、見ることも、触る事もできない。

結局そのどれが、最初に私たちを絶望させることになるのか、私には分からない。けれど、あの白い鳥は、知っているようだ。

冬まで二か月か。どれが現実としてやってくるのか、あるいは私の想像の外の出来事か。もう、それを知りたいという気持ちも湧き上がってこない。ようやく、私の好奇心は、秋を迎えたようだった。

今さら、それを知ったところで、できる事などない。このところ、毎日、学生の頃にラボで顔を合わせていた友人が言っていたことを、思い出しては考えている。

「過去に一言だけ、言葉を送れるとしたら、どう使う?」

何が原因なのかあいまいなまま、過去にメッセージを送ったところで、役に立たないだろう。いや、たとえ具体的に原因が分かったとして、かつ、それが未来からの手紙だと信じてもらえるとしても、それを伝えればこの事態が避けられただろうか。1つの問題を回避できたとして、他の可能性も全て、目を向けてもらえるだろうか。

「真剣に考えてほしい」

結局、私が思いつくのは、いつも、その一文だ。

避けられないとしても、せめて、皆に知っていてほしかったのだ。

今、この地球には、次の春を当たり前に信じている人が大勢いる。ささやかな生活の中の幸せを感じたり、将来の不安や悩みを抱えたりしながら日々を過ごしている。

あの頃も今も、世界の終わりの話など、活動家と科学者と為政者たちのただの口論や、非現実な妄想や恐怖から来るフィクションだと思い込んだままだ。選択も決断の機会も与えられないまま、何も知らずに、終わりのない冬を迎えようとしている。

その歪な現実が、私の心を、どこまでも、いつまでも、締めつけ続けている。

おわり


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