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縮んだバネの作り方:所与のエネルギーから見た生物

生物の身体の構造について考えている中で、エネルギーが抱え込まれている様子が見られることに気がつきました。

ここで注目したいのは単にいつでも使えるように備蓄されている養分のようなエネルギーではありません。身体の構造を支えている弾性を持った身体部品が蓄えている静的な位置エネルギーや、常時働いている自己維持のためのメカニズムの中で変化し続けている運動エネルギーなどの動的なエネルギーです。

これらは単に備蓄されているエネルギーとは違い、常に生物の身体を支え、機能させているエネルギーであり、一時も欠くことができないエネルギーです。生物は生まれ落ちた時からこのエネルギーを抱え込んでおり、成長と共に増加させていきます。

このような生命の維持に欠かせないエネルギーを常に必要としているという事は、生物はこれらのエネルギーを持ったまま生まれてきたことになります。これをバネに例えると、縮んでエネルギーを蓄積した状態のバネや、運動エネルギーを持って振動しているバネを作り出すことに似ています。

この記事では、そうした着眼から、縮んだバネと振動するバネの作り方を考える事を通して、エネルギーの側面から生物を捉えなおしてみます。

■縮んだバネと振動するバネ

縮んでエネルギーを蓄えたらせん状のバネをイメージしてください。縮んでエネルギーを蓄えたバネは、金属をらせん状に成型するだけでは作る事が出来ません。成形した後に、両端を押して縮めることが必要です。

この手順に気がつかずに、縮んだバネの形とその成分を把握して、短いらせん状の金属の塊だと理解したとしたら、どうでしょうか。同じ形になるように金属を固めても、エネルギーを蓄えることはありません。形状は同じで、成分も全く同じですが、縮んだバネと、短いバネは、その性質が異なることは明らかです。

このように、物の形や成分を把握しても、性質を適切に理解できないことがあります。

振動しているバネも同じです。縮めた状態から手を離し、伸び縮みの振動を繰り返している最中のバネを写真に撮って、その写真に写るバネの形を金属で作っても、振動しているバネを作る事はできません。

ここで挙げた2つのバネの例は、どちらもエネルギーが関わっています。縮んだバネは弾性力による位置エネルギーで、振動しているバネは運動エネルギーです。形状を見て原料を分析し、それを真似しても性質を復元できないのは、この例ではエネルギーの再現が出来ていないためです。

熱や電磁波もエネルギーですし、位置エネルギー、化学エネルギーなどのエネルギーもあります。こうした目に見える形状や、分析で判明する成分の他に、エネルギーの面からも物事を捉える必要があります。そうしなければ、対象を理解した事にはなりませんし、再現することもできません。

細胞を構成する部品を集めて組み立てても、生き返らせることができないのは、無数のバネを組み立てるようなものだからかもしれません。ただ組み立てるだけでなく、それぞれのバネを正しく縮めたり動かしたりして、エネルギーの状態まで再現することができなければなりません。

生物は部品の集まりであるだけでなく、その中のエネルギーの在り方でもあるということです。

■所与のエネルギー

エネルギーから見た生物の大きな特徴は、エネルギーがない状態から、エネルギーを与えても生き返らないという事です。電源に繋げは動き始めるロボットやコンピュータと比べると、生物はこの点で大きく異なります。

これは、部品を組み立てても生物を生き返らせる事ができない点と似ています。エネルギーの観点からも、同じことが言えるということです。

後からエネルギーを与えても上手く行かないのであれば、生物はどのように初期のエネルギーを獲得しているのでしょうか。

考えられることは、エネルギーを与えられながら生まれてきたという事です。これは生物の身体を形作るのにエネルギーが必要である事とは別に、その生物の身体が形作られながら、同時にエネルギーが蓄積される状態にもなっているという事です。

このような前提として与えられるエネルギーを、所与のエネルギーと呼ぶことにします。予め所与のエネルギーがあるのであれば、後からエネルギーを与えても生き返らせる事ができなくても済みます。

縮んだバネの例えで言えば、バネの形を作ってからバネを縮ませるのではなく、直接、縮んだバネを作る事に相当します。振動するバネであれば、直接、振動しているバネを作ることに相当することになります。

このように、所与のエネルギー持った状態で形を作っていくプロセスが、生物には必要なのです。

■所与の位置エネルギーを持つ形を作る方法

縮んだバネを直接作るとすれば、少なくともバネを縮めたままにしておくための、枠のようなものが先に存在している必要があります。

その枠に挟まれるようにして、バネを少しずつ長くなるように作っていく事ができれば、縮んだバネを作っていくことは出来そうです。

多細胞生物が外皮を持ち、外皮の内側で細胞分裂して成長する様子は、この縮んだバネの生成プロセスに似ているように思えます。木の年輪は、内側の方が若いのです。

よりミクロの世界では、枠に相当するものは細胞膜が思いつきます。枠である細胞膜が先に形成されて、その中に細胞内の組織が成長していくという見方もできるでしょう。そう考えると、細胞膜は、単に外界との仕切りとしてだけでなく、弾性力による位置エネルギーを持つ物を内部に作り出す作用もあるかもしれません。

細胞膜の内側には細胞骨格と呼ばれる繊維状の組織が張り巡らされています。細胞分裂後に細胞骨格の繊維が成長する際には、枠としての細胞膜に圧迫されながら位置エネルギーを蓄積していくでしょう。また、細胞膜も弾性力を持っていますので、押し広げられながら位置エネルギーを蓄えていきます。

多細胞生物である樹木が、硬い樹皮と内側の木質の間で細胞分裂して成長する時、細胞骨格の位置エネルギーと、細胞膜や細胞壁の位置エネルギーがバランスを取りながら、全体としてエネルギーを蓄積していきます。

このメカニズムが、硬い樹皮を押し広げながら木の幹が成長する様子や、硬いコンクリートの隙間を押し広げながら成長する草の様子を、上手く説明します。草木の成長に力強さを感じるとしたら、そこには弾性力による位置エネルギーを蓄えるメカニズムがあるのだと思います。

また、動物の身体が、直に骨に支えられていない部分でも、適度な弾性と柔軟性を持ちつつ形状を保つ事ができているのも、細胞の弾性力による位置エネルギーのバランスによるものでしょう。

■所与の動的なエネルギーを持つ仕組みを作る方法

次に、振動するバネを作る方法についても考えてみます。作ってから振動されるのではなく、振動しているものを直接作り出すというのは、一見難問に思えます。

これを実現するためには、既に振動しているバネが必要です。例えば、その振動しているバネの芯を、振動を止めずに縦に割くように2つに分離することができれば、2つの振動する細いバネができます。

その後、振動させたまま、元の太さになるまでバネを成長させることができれば、振動したまま新しいバネを作り出すことができたと言えるでしょう。

これは実際の一本のバネで実現することは難しいでしょう。しかし、動的なエネルギーを持つ物を複数の部分から構成されているシステムとして考えてみると、この仕組みはシステムの多重化と言えます。

直列に連結されたAとBの2種類のバネがあるとします。この2種類のバネは、相互作用しながら振動しているとします。実際にはAはバネA1とA2の並列の束になっており、この二本は全く同じ振動をします。Bも同様にB1とB2の束であり同じ振動をします。

AとBは、それぞれ、二重化されていると言えます。

この状態から、AとBが分裂して、A1とB1が連結された物と、A2とB2が連結された物に分かれるとします。すると、同じように振動するバネシステムが、2つできることになります。

その後、A1の横に並列にバネA3が組み込まれて二重化され、B1の横にもB3が組み込まれれば、二重化された元のバネ群と同じものができます。A2とB2も同様に二重化されれば、振動するバネ群が、2つにコピーされたことになるでしょう。

このプロセスであれば、バネの振動を止めることなく段階的に進行させることができます。これが、動的なエネルギーを持つ仕組みを複製的に作り出す仕組みです。

この仕組みにバネCがさらに直列に加えられたり、多重化する際にA1の横に並列にバネD1が加えられたりすることで、動的なエネルギーを持ったまま、構造を変化させることもできます。これにより、動的なエネルギーを持つ新しい仕組みを作ることができます。

これは生物で言えば、DNAからタンパク質を生成するための一連のメカニズムが、細胞分裂の中で、分裂後のそれぞれの細胞にコピーされる様子に見られます。細胞の活動の主軸になっている機構はすべて多重化されており、細胞分裂の際にはそれらが2つの細胞に分配されます。これにより、細胞は一度も停止することなく、動的なエネルギーの状態を保ったまま複製されます。

また、交配や突然変異による新しい性質や機能が発現する場合も、所与の動的なエネルギーを保ったまま進行することができます。

■生命のエネルギー収支

生物を、部品の集まりと、その中のエネルギーの在り方であると捉えた場合、部品の事はあえて捨象して、エネルギーの観点だけで見てみる事もできます。もちろん生物にはエネルギーの流れだけでは見えない要素もあるため、エネルギーの側面だけで全てを説明することはできません。しかし、視点を絞ることで新しい側面が見えてくるはずです。

エネルギーの観点で生物を捉えた場合、外界との関係と、内部での状態の2つの側面に分けて考える事が出来るでしょう。また、外界と内部とを包含した一連のエネルギーの変遷を考えるという視点もあります。

まず、外界との関係に着目します。

生物は、エネルギーを何らかの形で外界から取り込む必要があります。取り込んだエネルギーは、生命活動のために消費されて外界に放出されます。

長期的に見ると、生物が生まれてから成長している過程では、取り込んだエネルギーを体の中に蓄積していくことになります。そして、老化してやがて消えてしまうまでの間に、蓄積していたエネルギーは放出されていき、最終的にはゼロになります。

短期的に見ると、エネルギーを獲得して一時的に体の中に蓄えますが、生存のための基礎的な代謝や、次のエネルギー獲得の資本として、蓄えたエネルギーを使用します。この基礎代謝やエネルギー獲得に使用した量よりも、獲得したエネルギーの方が多ければ、エネルギーは余る事になります。

この余剰エネルギーは、そのまま使わなければ体に蓄積されます。もし、蓄積しないなら、基礎代謝やエネルギー獲得といった生命の維持に必須の使い道以外のことに、エネルギーを使う事になります。いわば「遊び」の部分です。

■エネルギーの使い道

エネルギー獲得以外には、傷や疲労をいやしたり、呼吸や体温の維持にエネルギーを使用するでしょう。また位置エネルギーや動的なエネルギーとして身体を成長させていきます。これは内部の状態へのエネルギーの使途と言えます。

残りのエネルギーは、例えば生活環境を快適にしたり、縄張りを守るために使います。それでも余れば、遊びに使います。遊びは単純に感情を満足させるための物であるかもしれませんし、そこから何か新し発見や学びを得るという目的もあるかもしれません。集団で行動する生物であれば、仲間意識やチームワークの醸成のためかもしれません。

このように、エネルギーの観点で、生物の外部と内部を見ると、基本的には蓄えたエネルギーの一部を使用して、より大きなエネルギーを獲得していることが分かります。そして通常は、生存やエネルギー獲得に必要なエネルギーよりも多くのエネルギーを獲得できる能力が、生物には必要です。そうでなければエネルギーが不足して生存が出来なくなるためです。

従って、生命は必ず、小さなエネルギーで大きなエネルギーを獲得できる仕組みを持っていますし、それが可能になる環境の中で生きているはずです。つまり、エネルギー収支の関係から捉えると、生命とは安定的にエネルギー収支をプラスにすることができる仕組みを持っていると言えます。

こうして生物は、単にエネルギー収支をプラスマイナスゼロにするのではなく、その身体を成長させたり新しい生命を作り出すためにエネルギーを使用します。この際に、単に貯蔵されているエネルギーだけでなく、位置エネルギーや動的エネルギーとして、身体の静的な構造や循環や振動といった動きを支えるエネルギーとしても蓄積していくことになります。

■さいごに

縮んだバネの位置エネルギーや、振動するバネの運動エネルギーを例えに使いましたが、静的なエネルギーや動的なエネルギーを含めて身体を形作っていくという生物の特徴について、この記事では考えてみました。

一般に、DNAの自己複製の機能が、生命の増殖の鍵と考えられているように思いますが、DNAは1つの部品に過ぎません。

この記事で繰り返したように、部品を組み上げても生物は生き返らないことを思い出すと、DNAが自己複製できるだけでは、生物はコピーできません。所与の静的なエネルギーと動的なエネルギーの状態を含めて生成や複製が行われなければ、生命は増殖できないのです。

この事は、DNAや細胞膜を持つ細胞が登場する以前の、生物の起源においても言えることだと思います。

細胞の前駆体から細胞が生み出されるときも、この法則がなければ細胞が生きた状態で登場しなかったでしょう。さらに遡れば、無生物しかなかった地球上で、化学物質が化学進化を繰り返し、細胞の前駆体ができる過程においても、同じだと思います。エネルギーを内包する仕組みも含めて化学進化は進化したはずです。

そうでなければ、常に、エネルギーを後から供給すれば生物が出来上がるという生物の元になる化学ロボットが存在するという仮定を持つ必要が出てきてしまいます。化学物質でそのロボットを作って、電源を入れたら、やがて生物へと進化するロボットが存在するでしょうか。

私はその仮定には懐疑的です。はじめから、生命のきっかけとなる化学進化には、縮んだバネや振動するバネのような所与のエネルギーを内包する物を直接生成する仕組みがあったのだと考えています。その仕組みの長期的な連鎖の中で、所与のエネルギーの内包が途切れることなく化学進化が進行し、細胞の誕生へと至ったのだと考えています。







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