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無生物から生物は生まれるか:自律的分裂の視点

生命の起源における化学進化は、生物が必要とする高度で複雑な化学物質が、進化的に生成されるという考え方です。

一方で、必要な化学物質が揃うだけでは、生命の起源を説明することはできません。これらの化学物質は、生物の部品に過ぎないためです。

部品となる化学物質が生成されるだけでなく、それが機能する形で組み合わされている必要があります。

それは自動車のすべての部品を手に入れても、機能しないことと同じです。部品を正確に組み立てなければ自動車は走行することができません。

しかも、生物の場合は自動車と違って、部品を組み立てることで機能することはありません。

部品を組み立てれば生物になるという考えは、生物を蘇らせることができるといっていることと同じです。

生物は生まれることはできますが、蘇ることはありません。生命の起源について考えるとき、私たちは生物が生まれることと蘇ることの違いを、正しく理解する必要があるのです。

■生物が生まれるということ

生物は単なる部品となる化学物質の集まりではなく、部品を組み立てたものでもありません。このことから、生物を神秘的で謎めいたものだという考えに結びつけがちです。

しかし、生物が生まれるという概念を正しく理解することで、神秘の世界から現実のものへと理解を引き戻すことができるでしょう。

生物が生まれるのは、物理的に母体から発生して独立することと、母体から分離した生物が自律した生命となることの2つの側面があります。

生物の身体では、化学物質による化学反応や、化学物質の移動が止まることなく、常に動いています。

心臓を持つ生物で考えると、常に心臓が鼓動し、血液が循環している必要があるということです。単細胞生物のように心臓を持たない生物でも同様に、常に化学反応や細胞内の液体の流動が必要です。

母体から新しい生物が生み出される過程の初期では、この化学反応のトリガーや化学物質を移動させる原動力は、母体が担います。例えば哺乳類の胎児には、母体の心拍によって血液が流れます。

それがやがて、新しい生物自らが、化学反応のトリガーや化学物質の移動の原動力を担うようになります。こうしてトリガーや原動力が母体から新しい生物にバトンタッチする事ができたら、その後に母体から物理的に切り離すことができます。

これが生物が生まれるという事です。

■自律してから独立するという順序

トリガーや原動力は、一言で言えば自律性です。自身の身体内の化学反応や化学物質の移動を、自分の力で担うという事です。

そして物理的に切り離されることは、独立と言えます。

母体にトリガーや原動力を依存して、身体が一体となっている状態から始まります。それが自律性を獲得する段階を経てから、独立する、という流れです。

この自律性の獲得と独立が逆転することはありません。自律性を獲得する前に、身体が母体から独立すれば、母体に依存していたトリガーや原動力も失われてしまうためです。

■生命の起源

地球上で最初の生物は、生まれることができないと思うかもしれません。しかも、蘇ることもできないとすれば、一体どうやって生物が誕生したのか、不思議に思えるでしょう。

しかし、生まれるという事を正しく理解すると、この謎はあっさりと解決します。

生命が生まれるためには、母体が必要ですが、母体が生物である必要はないのです。

母体は生物の身体を作り上げ、化学反応のトリガーと化学物質の移動の原動力を提供できる無生物で構いません。

そして、生物がやがてトリガーと原動力の自律性を獲得し、その後に母体から独立すれば、生物は生まれることができます。

■母体としての地球環境

最初の生物が誕生する前の地球は、無生物の環境ではあったものの、無機質な状態ではありませんでした。なぜなら、生物の身体を構成する高度で複雑な化学物質を生産していたはずだからです。

この高度で複雑な化学物質を生成するためには、地球環境には生物の身体の中と同様の複雑なメカニズムが必要だったはずです。

地球は太陽からの光や熱のエネルギーや地熱エネルギーを受けて、化学反応が促進される仕組みがあったと考えられます。また、複雑な化学物質が池や湖の中で様々な環境変化や時間経過をトリガーとして化学反応を開始する仕組みを持っていた可能性も高いでしょう。

また、地球の水の循環である河川と気流と雲と雨に乗って、化学物質は移動し続けていたはずです。また、局所的には池や湖の中の水の循環を原動力として化学物質は移動していたでしょう。

従って、地球環境は、化学反応のトリガーと化学物質の移動の原動力を持っていた事になります。そして、化学進化によって生物の身体を構成する化学物質を生産することもできていたはずです。つまり、生物の母体となる能力を地球環境は持っていたことになります。

■自律的分裂

内部に存在する状態で自律性を獲得してから、独立して外部化するというステップは、自律的分裂と言えます。

自律的分裂は、初めから外部として組み立てられ、その過程で自律性を獲得する組み立て型の生成とは明らかに異なる生成ステップです。

生物は、この自律的分裂により生まれるという特徴を持っています。この時、同じものの複製である必要はありません。母体の複製でなく別の形や性質のものであっても、自律的分裂により生成されることが、生物の本質的な特徴です。

■内部化

自律的分裂を継続的に実施するためには、素材やエネルギーなどの資源を一旦取り込んで、内部化する必要があります。そうしなければ分裂する度に内部の資源が減り、分裂ができなくなります。

従って、生物には資源を内部化できる能力も必要です。

資源の内部化は、恒常性のためにも必要です。生命の起源においては、先に恒常性のために資源を内部化するメカニズムが発生して進化したと考えることができます。恒常性のために進化したことで内部化する能力が段階的に進化し、その能力が自律的分裂のメカニズムが発生した時に役に立ったのだと考えられます。

そう考えれば、内部化と自律的分裂による生成という2つの異なるメカニズムが、奇跡的な偶然に頼らずに発生することができたという説明が可能になります。

■さいごに

恒常性を母体に依存していた状態から始まりつつ、物理的に独立する前に自律した恒常性を獲得することが、生命の誕生の基本原理であるという理解をこの記事では示しました。

この自律と独立というステップを経る自律的分裂は、生物の物理的な身体の恒常性に留まらず、多くのことに適応できる視点です。

人間は精神的な面で、はじめは大人に依存しています。それがやがて自律して、独立を果たします。人間は生活や経済の面でも、同様に大人に依存している状態から、自律できるようになり、そして独立できるようになります。

人間の集団であるコミュニティや会社のような組織、そしてより大きな集団である社会にも、この考え方を適用できます。

初めは母体となる集団に依存していたサブ集団が、自律して活動することができるようになり、最終的に独立をするということはよくあることです。

このように、元の所属先に依存することで恒常性を持っている状態をスタート地点とし、自律性の獲得を経て、それから分離して独立することは、様々な対象に当てはまります。

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