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影響の糸を紡ぐ:進化するシステムの捉え方

私は、生命の起源についてシステム工学の観点からアプローチしています。

この記事では、影響を中心としてシステムや生命の起源について考えるアプローチとして、影響指向モデリング(effect-oriented modeling)について考えていきます。

■アミノ酸ポリマーの影響機能(effective function)

生物誕生以前の化学進化の過程においても、生物誕生以降の遺伝的な進化の過程においても、生命の主要な化学的機能は、多種多様なアミノ酸ポリマーであるペプチドやタンパク質が担っています。

多種多様なタンパク質が実現している多彩な化学的機能とその複雑な連鎖が、生物の体内で影響を及ぼし合ったり、生物と外界との間で影響を及ぼし合います。これにより、生物は生存し続けることができます。

このタンパク質が作りだすミクロレベルからマクロレベルまでの様々な機能は、影響という形で現れますので、これを影響機能(effective function)と呼ぶことにしようと思います。

■影響指向モデリング(effect-oriented modeling)

体温やpHを始めとする生物の細胞内や体内の状態を維持することは、タンパク質の化学的機能の仕組みによる影響です。また、呼吸をしたり心臓を動かし続けることも、化学的機能が与える影響の複雑な連鎖の定期的な繰り返しによって実現しています。また、外界からの刺激が感覚神経を伝わって脳に入り、脳からの指示が運動神経を伝わって筋肉を動かすことも、この化学的機能の影響の複雑な連鎖によるものです。

こうした影響という側面に着目すると、個々の具体的な化学物質やその形状などの物質的な側面を離れて、システムのメカニズムの側面に注目して分析を行う事が出来ると考えられます。

こうした意図で、システムを影響という側面でモデル化する方法を、影響指向モデリング(effect-oriented modeling)と呼ぶことができるでしょう。

■標準影響

生物が進化する過程や、生物以前の化学物質の化学進化の過程においては、遺伝情報やタンパク質の形成方法が変異することで、新しいタンパク質が生み出されます。それが生存に有利に働く影響機能を持っていれば、自然選択で残り続け、増殖することになります。

このように自然選択で残り続け、生物やその前駆体にとって標準的に必要になっている影響機能があるはずです。もちろん、将来の進化によって不要になる事もありますが、その時点での生物やその前駆体にとっては、不可欠な影響機能です。

こうした影響機能は、その形成過程こそ偶発的な変異によるものですが、自然選択という必然を通して残ってきたものです。その意味で、そうした影響機能が及ぼす影響を、標準影響と呼ぶことにします。

■偶発影響

標準影響との対比で、変異によって偶発的に出現する影響機能が及ぼす影響については、偶発影響と呼ぶことにします。

ある生物やその前駆体は、同じ種であっても多様な個体が存在したはずです。それぞれの個体は標準影響の部分はほとんど共通のはずですが、偶発影響の部分は多様です。それは、各個体の個性と呼ぶことができる部分です。

例えば個体が100個あれば、100通りの偶発影響の組があるはずです。1つの個体が持つ偶発影響は1つとは限らないため、組と表現しました。1つの個体が持つ偶発影響の平均個数が10個なら、1000通りの偶発影響があるはずです。

遺伝子による遺伝が行われている場合、標準影響はもちろんですが偶発影響も次の世代へ遺伝されます。この時、更に変異が起きるため、偶発影響の組は更に変化します。

世代を経る際に、個性による生存能力の違いや、生殖能力の違いにより偶発影響の残り具合が異なってきます。

より生存や生殖にポジティブな影響がある偶発影響は残りやすくなり、最終的にはその種全体が持つようになると、偶発影響から標準影響へと遷移することになります。

■平均存続時間と平均生成時間

時間が経過すると、標準影響の組が、何らかの外部要因や内部要因で破壊されてしまうことがあります。

生成されてから破壊されるまでの平均時間を、平均存続時間と呼ぶことにします。

また、同じ標準影響の組が生成されるまでの平均時間を、平均生成時間と呼ぶことにします。平均生成時間は、生成に必要なリードタイムですので、条件が良ければ短くなりますし、悪ければ長くなります。

■安定存在数

平均存続時間が平均生成時間を上回れば、その標準影響の組は、増殖し続けることが可能です。下回れば減少していきます。

標準影響の組の存在数が、平均存続時間や平均生成時間に影響する場合もあります。

存在数が減少しても、平均存続時間が下回り続ければ、その標準影響の組は、消滅します。

どこかでこの関係が逆転する存在数があれば、その標準影響の組は安定することになります。平均存続時間と平均生成時間が逆転する存在数を、安定存在数と呼ぶことにします。

存続時間と生成時間にはランダムなばらつきがあるはずですので、実際の存在数は安定存在数の付近で揺らぐことになります。

なお、存在数が増加しても平均存続時間が上回り続けることができる限り、増殖し続けることができます。通常、資源の関係で無限に生成され続けることはないため、増殖している場合も、どこかで安定存在数に落ち着くことになります。

■環境影響と偶発影響

基本的な安定存在数は、環境に大きく依存します。破壊されやすい環境であれば平均存続時間が短くなります。存続や生成に必要なエネルギーや素材や環境条件が制限されていれば、平均存続時間は更に短くなります。さらに、生成できる条件がなかなか揃わないため、リードタイムが伸びて平均生成時間は長くなります。

環境が存続や生成に与える影響を、環境影響と呼ぶことにします。

また、安定存在数は偶発影響にも左右されます。偶発影響が直接的に存続時間や生成時間に影響することもあります。また、偶発影響が環境を変化させることで、環境影響が変化して安定存在数を増減させる場合もあります。

安定存在数を増加させる偶発影響は、時間と共に標準影響へ昇格していくことになるはずです。

■時間軸上の繊維・糸・紐・綱

個々の影響は、短い時間を伴って及ぼされます。それは時間軸上の繊維のようなものですが、それが寄り集まった標準影響の組は、細く短い糸のようなものでしょう。この糸が、安定存在数を増やしながら併存することで、さらに太く長い紐となります。

生物であれば、時間軸上の繊維はタンパク質などの身体を構成する化学物質の代謝に相当します。物質は入れ替わりながらも個体として生命は維持されます。このように個々の生物の個体は、時間軸上の繊維が絡まり合った糸のようなものです。

そして、個々の個体がバトンを受け渡しながら継続される生物種は、紐のようなものです。さらに、変異と淘汰により入れ替わる生物種が織りなす生態系は、綱のようなものです。

このように、影響システムは、より大きな影響システムにカプセル化されるという入れ子構造を持ちます。そして、外側の大きな影響システムは、より長い時間軸を持ちます。

■代謝型のシステム

影響指向モデリングにより、影響システムとして捉えると、土台となる物質やハードウェアの存続と生成を繰り返しながら標準影響の組を継続するというアプローチに気がつきます。通常、固定的な物質やハードウェアを土台として、それが破壊されないことを目指すアプローチを考えがちですが、その考え方にこだわる必要が無いという事です。

これは、クラウドコンピューティングにおけるサーバレスシステムの概念に似ています。データの保管とデータ処理の実行が継続的に実行できれば、土台となっているサーバをシステム設計上は気にしなくても良いという考え方です。生物の分野の言葉で言えば、代謝型のシステムと言えます。

■冗長化と完全性の確保

このような代謝型のシステムでは、システムの安定性は、土台となる物質やハードウェアの壊れにくさをあまり重視しません。それよりも、標準影響を持つ同じ物質やハードウェアを並列に複数用意しておくことで、一部が破損しても全体が問題なく動作するようにする方が重要です。これは冗長化というアプローチです。

また、新しく物質やハードウェアが生成されてシステムに追加されていく必要があります。この際、標準影響を担う部分にエラーが混入しているとシステムが上手く機能しなくなります。このため標準影響を実現できるものが確実に生成される仕組みがある方が望ましいと言えます。これは完全性の確保の仕組みを意味します。

生物の設計図であるDNAは、一部が破損しても生命機能が失われないように、重要な設計情報は同じ情報が多数書き込まれていると言います。これは、標準影響の冗長化の仕組みと言えるでしょう。また、DNAが自己複製される際には、誤り検知や誤り訂正の仕組みが組み込まれていると聞きます。これは完全性の確保の仕組みとなっています。

なお、全ての部分に冗長化や完全性確保の仕組みを入れてしまうと、偶発影響が生まれにくくなってしまいますので、この仕組みは標準影響に関わる部分にのみ適用されていると考えられます。

■さいごに

影響を中心として生物における化学物質のシステムを考えることで、平均存続時間と平均生成時間、安定存在数のような工学的な指標を持ち込むことができます。また、サーバレスシステムやフォールトトレラントシステムのような、コンピュータシステムのアーキテクチャと対比して生物の仕組みを捉えることもできました。

この影響中心の視点によるアプローチは、生物自体の特性だけでなく、生物が依拠している化学物質の特性にも、適用できる考え方です。このため生物の仕組みや進化だけでなく、生物登場以前の生命の起源における化学物質の進化についても、このようなアプローチで洞察を得ることができると考えています。






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