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処理プロセスとしての生物、知能、情報システム

生命の起源についてシステム工学の観点から考える事を、私は個人研究のテーマにしています。

生物の細胞は、化学物質の集合であり、高度な化学反応の連鎖によって生命活動が維持されています。この記事では、化学物質の連鎖を、コンピュータや脳の情報処理と同じように、処理プロセスであるという視点から眺めることで、生物と知能、そして情報処理システムとの類似点を探ります。

■化学物質のネットワーク

容器に入った溶液の中に様々な化学物質が溶け込んでおり、そこに外から熱や光などのエネルギーが供給され続けていたり、内部にある化学物質から容易にエネルギーを取り出せたりする状況を考えてみます。

この溶液に何らかのきっかけが外から与えられると、溶液の中で化学反応が発生します。きっかけが与えられて最初の化学反応の結果、生成された化学物質が、次の化学反応を引き起こすきっかけとなる場合があり、これが溶液の中で繰り返される可能性が考えられます。

この化学反応の連鎖のパターンを考えていきます。

■単一のきっかけによる化学反応の連鎖のパターン

ここで、化学反応を処理と呼ぶことにします。

化学反応の連鎖、つまり処理の連鎖について、まず単一のきっかけの場合を考えます。その場合、直線的な処理、処理の分岐、処理のループがあり得ます。

直線的な処理は単純にある処理の後に次の処理が発生するという処理の流れです。

処理の分岐は、外からのきっかけや、ある処理の後に生成された化学物質をきっかけとする処理が、複数存在するというケースです。溶液の中での出来事ですので、複数存在する処理のうちどれが発生するかは、きっかけとなる化学物質と反応ができる複数の化学物質のうち、どれに最初に出会うかによって決まってきます。

処理のループは、処理の結果出てきた化学物質が、処理の連鎖の途中にあったきっかけと同じ場合に起こります。エネルギーや反応できる化学物質は無限ではないため、ループはいずれ止まりますが、条件を満たすループ構造により同じ処理の連鎖が繰り返されることがあり得ます。

直線的な処理、処理の分岐、処理のループは、コンピュータのプログラムの処理ではお馴染みの概念です。このため、溶液中の化学反応の連鎖は、コンピュータのプログラムと同様の処理構造を持つことができると言えます。

■複数のきっかけの場合

外から与えられるきっかけが複数存在するケースについて考えます。ここで同じきっかけが複数という場合と、複数の種類のきっかけという場合に分けて考えます。

まず、同じきっかけが複数というケースですが、これはきっかけとなる同一の化学物質が複数この溶液に入ってきたというシチュエーションです。現実世界では、単一の分子だけを溶液に入れる事は難しいため、同時に複数入る事の方が通常のケースです。しかも、一滴の水の中にも化学物質の分子は無数に入りますので、その状況が通常です。

同じきっかけが無数に与えられた場合、単一の場合に比べて処理の分岐の部分が異なってきます。単一のきっかけの場合は、処理の分岐があると、いずれか1つの処理が選択されるイメージでした。無数のきっかけが与えられると、処理の分岐は、それぞれの分岐が選択される確率に応じた割合で、同時並行に処理が進行することになります。したがって、そのきっかけから開始される処理の分岐が、網羅されることになります。

次に、複数種類のきっかけの場合について考えてみます。この場合、それぞれのきっかけに応じた処理の連鎖が進行します。その中には途中で処理が合流するケースがあります。例えば、別々のきっかけを元に進行していた処理が、ある段階で同じ化学物質を生成するようなケースが、合流の1つのケースです。また、ある化学反応が起きるための2つ以上の化学物質が必要になるケースで、それが別々の種類のきっかけによる処理の中でそれぞれ生成されるような場合も、処理の合流に当たります。

複数種類のきっかけの場合にも、それぞれの化学物質は通常無数に含まれることになります。従って、処理の分岐だけでなく、処理の合流も網羅されます。

このようにして、一度のきっかけで、溶液では分岐と合流が網羅されるネットワーク上の処理が進行することになります。

単一のきっかけによる処理の連鎖はコンピュータのプログラムに例えることができましたが、複数のきっかけによる処理の連鎖は、人工知能の技術として一般的なニューラルネットワークと同じ構造になっていることが分かります。

ニューラルネットワークも、入力を受け付ける複数のノードに多種の入力値が与えられ、それがニューラルネットワーク内の全てのノードに網羅的に伝播していき、最終的に複数の出力ノードから多種の出力値が出てきます。この様子は、先ほど説明した化学物質の処理と概念的には類似しています。

■処理基盤とモデル

機会学習の分野では、学習済のニューラルネットワークの事をモデルと呼びます。この学習済みのモデルを使って、例えば画像に何が映っているかを判別させたり、文章で与えた質問に対して回答するようなAIアプリケーションが作成されます。

その意味では、実装済のプログラムもモデルと呼ぶことができます。実装済みのモデルを使って、様々なアプリケーションが実現されていることになります。

ニューラルネットワークやプログラムが動作する環境は、処理基盤と呼ぶことができます。処理基盤にモデルが与えられることで、そのモデルで意図した処理が実施されます。処理基盤自体は様々なモデルを動作させるための汎用的な環境であり、それ単体では特定の目的を達成するような処理は実行されません。処理基盤にモデルを与えることで、初めて機能するわけです。

これを化学物質の場合に当てはめると、容器に入った溶液と、そこに外界から与えらえるエネルギーが処理基盤を形成します。しかし、そこに具体的な化学物質のネットワークのモデルが与えられなければ、特定の目的を達成する処理にはなりません。

このモデルとして、非常に高度な化学物質の精巧な組合せを与えたものが、細胞です。この場合、容器は細胞膜と細胞骨格であり、溶液は細胞質になります。そしてその中に、各種の細胞内組織と、DNAからRNA、そしてタンパク質が生成される処理の仕組みが機能しています。

細胞は生物の最小単位です。その細胞が、ニューラルネットワークやプログラムのような処理ができる化学物質のネットワークの処理基盤を内包していることになります。そして、その中に、生物の誕生に至るまでに高度で複雑に発達した化学物質のモデルが入っているわけです。

■モデルの自己組織化

このように、容器に入った化学物質の溶液としての生物、ニューラルネットワーク内に学習モデルが構築された知能、そして、実装済のプログラムが動作するコンピュータシステムは、汎用的な処理基盤と特定の処理を行うモデルの組合せにより処理プロセスである、という共通点を持っています。

そして、処理としては、連鎖的な処理、分岐処理、ループ処理が含まれています。また、ネットワーク構造を持つことができ、同時並行で分岐や合流を持つ多数の処理を網羅的に行う事が可能です。

モデルは、ニューラルネットワークであれば学習、プログラムであれば実装されることで形成されます。無生物の環境から細胞が誕生するまでに、生物も学習のような形で、自然に高度なモデルを形成していったはずです。

無生物から生物が誕生する過程には、人工知能が学習する過程と似たフィードバックループの仕組みが働き、それが化学物質の進化を進めたと考えられます。

また、こうしたモデルの実装や学習や進化は、汎用的な処理基盤の上で特定の処理プロセス群を実現していく過程であると捉えると、そこには個性、言い換えるとアイデンティティの形成が見て取れます。

私は生命の起源の個人研究の中で、このフィードバックループとアイデンティティ形成という作用が重要なポイントであると考えています。これが、複雑なシステム中で、モデルが自己組織化していくための重要な要素となっていると考えているためです。

■さいごに

生命とは何か、生物はどのように誕生したのか、知性や意識とは何か。生物や知能にはこうした様々な疑問があります。

この記事で見たように、どちらも処理基盤とモデルという視点から共通性があるという視点から見ると、こうした生命と知性の謎にも共通の答えがあるのかもしれません。

例えば、無生物と生物の境界は、意識を持たない人工知能と意識を持つ人間との境界と、同じようなものなのかもしれません。生命の起源の研究は、このように知性についての研究にも洞察を与える可能性があります。

また、コンピュータプログラムの処理基盤とは異なる、ニューラルネットワークは脳の神経細胞のネットワークを参考にして開発されました。同様に、生物における化学物質のネットワークを参考にした情報処理システムを開発すれば、それが現在のソフトウェアや人工知能とは異なる機能を実現する技術となるかもしれません。


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katoshi
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