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おおかむずみ【舞台用台本@55分】

おおかむづみ

            ※パソコン閲覧推奨。

【タイトル】おおかむづみ

        ~イザナギとイザナミと黄泉の国~

  作/演出 香取大介 
【登場人物】 ◆男性2名 ◇女性2名 計4名
◆伊邪那岐命
◆雷神
◇黄泉醜女
◇伊邪那美命

【桃について・おおかむづみ】
 『古事記』では黄泉の国の条に登場する。伊邪那岐命が、亡き妻の伊邪那美命を連れ戻そうと、死者の国である黄泉の国に赴くが、失敗して予母都色許売や八柱の雷神、黄泉軍に追われる。地上との境にある黄泉比良坂(よもつひらさか)の麓まで逃げてきた時に、そこに生えていた桃の実を3個取って投げつけると、雷神と黄泉軍は撤退していった。この功績により桃の実は、伊邪那岐命から「意富加牟豆美命」の神名を授けられる。そして、「お前が私を助けたように、葦原の中国(地上世界)のあらゆる生ある人々が、苦しみに落ち、悲しみ悩む時に助けてやってくれ。」と命じられた。

【解説】イザナキノミコトの黄泉の国訪問(古事記より)

出典:「ふるさと読本いずも神話」(島根県教育委員会)
天と地が初めてあらわれたとき、大地は水にうかんでいるあぶらのように、また、くらげのようにふわふわとただよっていました。
高天原の神様たちは、イザナキノミコトとイザナミノミコトという男女の神に命じました。

イザナキ「このただよっている国を固めて仕上げなさい」

イザナキとイザナミは、天の浮き橋に立って、天の沼矛を大地にさし下し、「こおろ、こおろ」とかき鳴らして引き上げると、矛の先からしたたり落ちた塩が積もりに積もってオノゴロ島となりました。この島に降り立ったイザナキとイザナミはたくさんの子どもを作りましたが、イザナミは、燃えさかる火の神を生んだため大やけどをして死んでしまいました。

イザナキは、妻のイザナミをひと目見ようと思い、黄泉の国まで追いかけて行きました。そして、イザナミが黄泉の国の御殿で出むかえた時に、心をこめて言いました。「いとしい私の妻よ。私とおまえが作ろうとしている国はまだできていない。だから、この世の国に帰ってくれ」しかし、イザナミは、「あなたが早くいらっしゃらなくて残念です。私は、黄泉の国で作った食べ物を口にしてしまったので、もう帰れません。でも、いとしい私の夫よ。あなたが来てくださったので、黄泉の国の神と相談しましょう。その間、けっして私を見ないでください」と言って、黄泉の国の御殿の中に入りました。

その間がたいへん長くて、イザナキは待っていられなくなり、髪の左のみづらにさしていた、くしの歯を一本折って火をともし、御殿の中に入りイザナミの姿を見てしまいました。なんと、イザナミの体にはうじ虫がたかって「ころころ」とうごめいており、頭、胸、腹などには雷神がいるではありませんか。イザナキは恐れおののき、黄泉の国から逃げ帰ろうとしましたが、イザナミは、「よくも私に恥をかかせたわね」と言って、ヨモツシコメに後を追わせました。

イザナキが逃げながら黒つる草の髪かざりを投げると、地面に落ちてやまぶどうの木が生えました。シコメがやまぶどうの実を拾って食べている間にイザナキは逃げました。しかし、また追いかけてくるので、イザナキが右のみづらにさしていた竹のくしの歯を折って投げると、今度はたけのこが生え、シコメがそれを抜いて食べている間にイザナキはまた逃げました。

そこで、イザナミは、自分の体にいた雷神達に千五百の軍勢をつけて追いかけさせました。イザナキは、剣を抜いて体の後で振りながら逃げました。しかし、まだ追いかけてきます。イザナキが、黄泉比良坂のふもとに来た時に、そこに生えていた桃の木から実を三つ取り、待ちかまえて投げつけたところ、雷神達は黄泉の国に戻っていきました。

とうとう、イザナミ自身が追いかけてきました。イザナキは、千人で引くほどの重い大きな岩で、黄泉比良坂をふさぎ、その岩を間に置いて向かい合って立ちました。


イザナミは、言いました。
「いとしい私の夫よ。あなたがこんなことをするのなら、あなたの国の人を一日千人、殺してやるわ」

イザナキがこたえました。
「いとしい妻よ。おまえが千人殺すなら、私は、一日に千五百の産屋を建てよう」

こういうわけで、一日に必ず千人死に、千五百人が生まれるようになったと伝えられています。

祓いについて

このお話は、生と死の始まりに触れる物語である。また、新しい命を生み出すには穢れという体験が必要だという神秘を物語るものである。そしてこの物語は「祓い」の始まりでもある。

祓いを知る上で重要なことは、祓いは単純に汚れを清めるというものではなく、言霊的には、「けがれ(気枯れ)、つまり生命力の欠落を補う新しい生命力を与える『張(はら)霊(ひ)』でもあることだそうだ。そうなると、伊邪那岐命が黄泉の国に行くことになった伊邪那美命の死は、この死という最大の生命力の気枯れを禊祓ったとき、もっとも尊い神である天照大御神、月読命、須佐之男命の三貴子が生まれたことを物語っているという。即ち、御阿礼(みあれ)、つまり生命の誕生とは、穢れがあって初めて生命が生まれるという神秘が秘められているということにつながる。祓いとは何かということを、あえて一言で言うならば、魂魄のけがれ(気枯れ)をあがなって清浄となり、新しい生命力を生み出す産(むす)霊(ひ)のわざである。
この生命の神秘を、愛の物語を、真心こめて奏上するならば、己の魂魄が祓い清められ、生命力が無限に湧き出してくるであろう。これこそが本来の「祓」であるのだ。

六根清浄太祓

天照皇大御神の宣はく。
人は即ち天下の神物なり。
須べからく静め謐まることを掌る心は即ち神明との本主たり、
心神を痛ましむること莫かれ。
是故に、
目に諸々の不浄を見て、
 心に諸々の不浄を見ず。
耳に諸々の不浄を聴きて、
 心に諸々の不浄を聴かず。
鼻に諸々の不浄を香ぎて、
 心に諸々の不浄を香がず。
口に諸々の不浄を言ひて、
 心に諸々の不浄を言はず。
身に諸々の不浄を触れて、
 心に諸々の不浄を触れず。
意に諸々の不浄を想ひて、
 心に諸々の不浄を想はず。
此時に清く潔き事あり。
諸々の法は影と像の如し。
身清く心潔ければ、假にも穢るる事无し。
説を取らば得べからず。
皆、因従りぞ、業とは生る。
我身は則ち六根清浄なり。
六根清浄なるが故に、五臓の神君安寧なり。
五臓の神君安寧なるが故に、天地の神と同根なり。
天地の神と同根なるが故に、万物の霊と同体なり。
万物の霊と同体なるが故に、為す所の願ひとして成就ずと云ふことなし。
无上霊宝神道加持

本編

一幕<黄泉の国>


伊邪那美命(以下イザナミ)は暗く静かな空間の底に漂っている。

イザナミ 「ここは、どこ? 暗いわ、何も見えない。…随分と静かね。今は何時(なんどき)かしら? この様子では真夜中かしら、太陽が全く見えないし。…それにしても、こんなに暗い景色は随分と久しぶりな気がする。…そう、あれはイザナギと高天原の神たちから命じられて天の浮橋に行く時以来、…そう、随分と前よ。…それにしても本当に真っ暗。暗すぎて自分の指先が見えないわ。それどころか腕すら見えない。…あれ、腕を動かして身体を触っているのに、胸やお腹に触れている感触がない。…どういうこと? 私はここに居る。ちゃんと手が動いている感触もある、…気がする。え?…気がする? あれ、私の腕がない?! 足もない?! 誰か、誰か助けて! イザナギ!? イザナギはどこ? 誰か、誰かぁぁぁぁぁぁ、」

静寂の間。辺りは真っ暗、微かな音も聞こえない。

イザナミ 「あれからまたどの位経ったのかしら? もう完全にこの身体は私のものではないみたい。…ああ、イザナギに会いたい。もしかしたら、このままではイザナギとの思い出も失ってしまいそう。イザナギに会いたい。…え? 誰に? あぁ、どうしよう、私は自分が誰なのかもわからなくなってしまったのかもしれない。思い出さなきゃ、…さっきから一生懸命目を開いてるのに、目が明かない、いえ、目が見えない?! うそ、どうして、こんなにも悲鳴を上げているのに、誰も来ない。…私、さっきまで誰かを必死に呼んでいたような、…ああ、もう口もきけない! …物音ひとつしない、耳も聞こえないのかしら?目も、耳も、鼻も、口も、手も足も全部失ってしまったのかしら? ああ、こうなるのだったら、もっと、もっと、いろんなことをやっておくんだった。伝えておくんだった。…イザナギ! 会いたい。あなたに会って、私、もっと愛を伝えたい。私、もっと私のやりたいことを伝えたい。二人でもっと思い出を作りたい! 創りたかったの、…誰? …私、今、誰と…、ぁぁ、もうダメ、怖い、怖い、私、もう気が狂ってしまったわ、私はいつまでこうしてるのかしら、もう、終わりたい。もう、ああ、もっと、もっと伝えておけばよかった! もっと!」

稲光。雷神(以下ライジン)と
黄泉醜女(よもつしこめ、以下シコメ)が現れる。
二人は素早く駆け込みイザナミを挟んで左右に片膝をつき畏まる。

イザナミ 「何? 何の音? …聞こえてる? 私。」
ライジン 「イザナミ様。」
イザナミ 「誰? 私?」
ライジン 「はい、イザナミ様。」
イザナミ 「私のことね。」
シコメ  「はい。イザナミ様は、ようやく黄泉の国のお姿となりました。」
イザナミ 「黄泉の国?! …私、死んだのね。」
ライジン 「正確には死んだわけではありません。」
イザナミ 「どういうことかしら?」
シコメ  「イザナミ様におかれましては、これからこの黄泉の国の大神様になっていただくことになっております。」
イザナミ 「大神? 私が、黄泉の国の?」
ライジン 「さようでございます。」
イザナミ 「そして、あなたたちは?」
ライジン 「私は雷神。イザナミ様のおそばでそのお身体をお守りするのが役目でございます。」
シコメ  「私は黄泉醜女。イザナミ様をお守りすべく、この社(やしろ)の外を警護するのが役目でございます。」
イザナミ 「そ、そう。よろしくお願いします。」
ライジン 「ところでイザナミ様。」
イザナミ 「はい、」
ライジン 「先ほど、だいぶ魘されておりましたが、この黄泉の国の水が合いませんでしたでしょうか?」
イザナミ 「さ、さぁよくわからないわ。」
ライジン 「そうですか。」
イザナミ 「それよりも、私はさっきまで、目も見えない、耳も聞こえない。手足の感触もなかったのに、今はなんだか元に戻ったような気がするの。それはどうしてかしら?」
シコメ  「それは、イザナミ様がすでにこの黄泉の国に居られる姿と成られたからでございます。したがって、元の国にお帰りなさることは出来なくなりました。」
イザナミ 「どういうことですか?」
ライジン 「…イザナミ様ご自身で、自らのお姿をご覧になってみると明らかかと、(シコメに)シコメ。」
シコメ  「(ライジンの合図に返答をして)はい。(イザナミの前に移動し座り、姿見のような鏡で映し出すように鏡を置いてやる)こちらに映し出されているお姿が、イザナミ様でございます。」

イザナミ、自分の姿を見て徐々に後退り、恐怖し、驚愕し、声にならない声を発する。

ライジン 「お判りになられましたでしょうか?」
イザナミ 「…これが、私?! これが私ですか? 私は、イザナミノミコトですよ?」
ライジン 「はい、そのお姿こそが、これからこの黄泉の国の大神様、黄泉津大神(よもつおおかみ)に成られる方でございます。」
イザナミ 「そ、そんな。」
シコメ  「我ら、黄泉の国の者、皆、黄泉津大神様のご来光を心待ちにしておりました。」
イザナミ 「…私は、黄泉の国の大神、私は、誰ですか?」
ライジン 「まだ、地上の世界の神、現し世のイザナミ様であります。」
イザナミ 「…私は現し世の世界でまだやるべきことがあるのです。」
シコメ  「そのやり残したこととは、どういったものでありましょうか?私たちはそのお手伝いもさせていただきたく…、」
イザナミ 「イザナギに、イザナギに会いたい。イザナギとの国づくりがまだ終わっていないのです。」
シコメ  「わかりました、それではイザナギ様をこちらに誘いましょう。」
イザナミ 「いいの?」
シコメ  「はい。」
ライジン 「ただし、イザナミ様はこの社からお出にならず、ここでお待ちくださいませ。必ずヨモツシコメがイザナギ様をお連れいたしますので。」
イザナミ 「わかりました。ありがとう。」
ライジン 「それでは、私は表を見ておりますので。」

ライジン、シコメは一礼をしてはける。

イザナミ 「ああ、私の愛するイザナギ。早くあなたに会いたい。少しでも早く。…そうでないと、もう私は私で居れなくなりそう…。この記憶があるうちに、あなたの腕の中に入りたいのです。」

二幕<黄泉の国入り口>

黄泉平坂伝承地@島根県

伊邪那岐命(以下イザナギ)、板付きで立っている。

イザナギ 「俺のイザナミ。こんなにもお前を愛しているのに、どうしてこのイザナギを残して死んでしまったのだ。たった一人の子供のために、お前の命を失うのであれば、そんな子は要らない。恨んでも恨み切れない…。そしてあろうことか、神々の言い伝え通り、俺はお前を黄泉の国に送ってしまった。今更ながら後悔しているんだ。なぜ俺はお前を手放してしまったのかと。…ああ、イザナミ。俺のイザナミ。会いたい、もう一度お前に会いたい。そして、二度と離れないよう、この二つの腕でお前を抱きしめたい。イザナミ、イザナミ!」

シコメ、現れる。

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