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我々は馬鹿だから、手段を目的と思ってしまう

人間は、というか生物全般ですが、外界の物事を、感覚を通して知覚するわけです。で、知覚するのは、何らかの目的があって、知覚するわけです。例えば、猫はネズミを食べたい、なので、ネズミの動きが視界に入れば知覚するわけです。この場合、本来の目的は、ネズミを食べることです。で、ネズミを食べるという目的のために、ネズミを追いかけたい、追いかけたくなるように猫の脳内物質が分泌されて衝動が起きるわけです。

人間も同じで、遺伝子が設定する本来の目的があり、そのための衝動がある。で、この衝動に従えば本来の目的が達成されるであろう、設計になっているんです。でも、衝動は目的そのものでは無いのです。なぜ、そのものを目的にしないのかというと、複雑だからだと思います。プログラミングとか知らないですけど、命令は単純な方が良いでしょう。例えば、栄養を摂取させるという目的のためには、グルタミン酸を摂取したくなるという衝動があった方が良いのですが、それは、グルタミン酸とタンパク質がほぼイコールの環境だからです。

本来、人間の体はタンパク質を欲しているわけですが、タンパク質というのは構造が複雑なので、感知するのが難しい。しかも種類が多い。数多くのタンパク質を知覚する受容体を作るよりも、もっと単純なものが、「サイン」として機能すれば良い。それがグルタミン酸です。グルタミン酸ってのは、タンパク質が腐ったら発生するんです。魚も、新鮮なものよりも、少し、置いていた方が旨味が出るというのは、そういうことです。熟成肉もそうです。

これは状況証拠として、人類は本来、狩猟をしていたのではなく、ライオンとかの捕食動物が食べ残した後の死骸を漁っていた、死肉漁りの猿だったのだと思います。少なくとも人間は、走るネズミを見て、猫のように、捕まえたいとは思いません。動いているネズミを見ても、美味しそうと思いません。でも、切り身になったステーキ肉を見ると、美味しそうと思うでしょう。ステーキは死肉ですからね。

で、分解された肉はグルタミン酸を含みます。というか、タンパク質がグルタミン酸という、アミノ酸に分解されます。グルタミン酸があるところに、タンパク質あり、です。グルタミン酸を「サイン」として活用したということです。グルタミン酸の方が受容しやすいのでしょう。

問題は、この、グルタミン酸を摂取したいという衝動は、タンパク質を摂取するという目的のための手段に過ぎなかった、ということです。グルタミン酸のあるところに、タンパク質あり、という「環境」なら、それで良かったんですよ。でも、人類は味の素を発明した、グルタミン酸を分離できるようになった。その「手段」だけを行い、満足感を得るようになった。タンパク質を摂取するという目的を達成していないのにも関わらず、です。

人類の欲求や衝動というのは、その先に、本来の目的があるのです。我々は、孤独を恐れます。なぜか。それは、集団から排除されると死の危険性があるからです。死なないために、孤独を恐れるのです。でも、孤独に耐えられずに自殺する人もいるわけです。旨味調味料が豊富だけど栄養のない食品を摂って病気になるのと、大きな意味では、同じです。手段が目的となってしまい、本来の大目的を見失ってしまったわけです。でも、しょうがないですよね、我々は大目的を主観的に認知できない。それは、遺伝子の設計だから、主観的には認知できません。

じゃあ、どうすれば良いか。一つは、その先に大目的の無い手段だと分かっているなら、それを満足させようとしないことです。カップラーメンは、美味しいですよ。グルタミン酸が豊富に含まれているでしょう、アミノ酸等、です。でも、その先に、タンパク質などの身体に必須の栄養素が含まれているかというと、そんなことは無い。目的に接続しない手段を満たして、脳が満足感を得るだけです。それぐらい、馬鹿なんですよ、我々は。ま、これだけ環境が変わるということが、遺伝子には想定外だったのでしょうが。

でも、目的を達成しない手段の満足は、いつまでも不満足です。カップラーメンは美味しいけど、身体の栄養素は不足しているから、いつまでも食べたくなる、中毒です。中毒というのは、何であれ、目的が満たされていない状態で、手段だけが満たされているから、繰り返されるのです。逆に言えば、目的を達成させてやれば、中毒は止まります。その手段は、何のためにあるのか、遺伝子はなぜこの手段を取らせたいのか、それはどういう目的のためか。またあした。

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