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甘夏につめを立てる

鼻を近づけても案外香らない。
「傷をつけるといい匂いするよ」と言って、手の中の甘夏に、親指の爪を立てた。
柑橘の良い香りがした。

娘も嗅ぎたがるから、手渡すと、まっすぐに自分の鼻に持っていく。
「いいにおい!」とぱっと顔を輝かせる。

夫は久々の飲み会、息子の寝かしつけは終わった。娘と2人きりの夜。

少し前に買った甘夏を夕食後のデザートに。

手で皮を剥こうとしたけれど、固い皮はちっとも指が通らない。
果物ナイフで、おしりのほうの皮だけをさくりと切り落とす。
そこから、中央に親指をいれようとするけど、なかなか敵わない。
ぐっと力を入れると、ずぶっと親指が刺さった。
手を広げて娘に見せる。親指が甘夏になりかわったみたい。
娘はけらけら笑いながら、「あまなつやって」とねだる。
これは、指人形のように甘夏に喋らせて。というリクエスト。

「私、甘夏」と言うと、娘も律儀に名乗る。
「あなた、私を食べるの?」と尋ねると、こくんと頷く。

早速、皮を剥いていく。

ようやく甘夏の房が見えてくる。次は薄皮。1つ剥いてお皿に乗せる。「食べていいよ」と言うけど、娘は手をつけない。「おかあさんとたべたいから」と。
慌てて2つ目をむく。せーので食べた。

あまりの酸っぱさに顔をしかめる私。
それを見て娘がきゃははと笑う。
娘が笑うから、私はもう一口食べてもっとひどい顔をする。
娘は大きな声で笑う。

あまりに酸っぱいから、半分食べて、残りは蜂蜜漬け。

甘夏半分食べただけだけど、なんだかお腹いっぱい。
一体どれだけ笑わせてもらったんだろう。
酸っぱくていい香りで、とっても良い夜だった。


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