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契約社員という生き方について

この記事は様々な現場で働いている契約社員の方々の「考える」きっかけになってくれればと、淡い希望をもって記します。(正社員でバリバリ働いている方や個人事業主の人たちには不要な内容となります。笑)

私自身が現在契約社員の身であり、ハイエースに乗って都内の医療現場に医薬品の配達をする仕事をしている。

勤めて間もなく10年。一年ごとの契約更新をしつつ、今に至っている。

所属する派遣会社には正社員登用制度はない。どこもそうであろうが、契約社員は昇給もなく、退職金もない。ほぼほぼルーティンワークで自分で「考えて」何かをするという環境ではなく、会社が構築したルールに則り従順に日々の仕事を熟していれば平和そのものと言える。

契約社員のあなたは、まずもって、何故に正社員ではなく、契約社員として現在を迎えているのであろうか。そう。余計なお世話である。分かっている。人それぞれに理由があるから。

私は、「考えて」行動して来なかった。その結果として今がある。性格もあるけれど、流されるようにして生きて来てしまった。だから、今更のように「考える」ことの重要性について思うところがある。

バイトの延長線に契約社員の地平が見えて、単にそこに踏み込んだといった感じでしかない。特別な資格もなければ、スキルもなく様々な職を転々として来ただけ。真面目さの売りは若いうちしか通用しない。年をとればただの変わり者に見られる。「今はこの境遇に甘んじているが、もう少ししたら、、、俺は本当の自分の姿を手に入れる」と幸福の棚上げをしてきたように思う。これも一つの立派な逃避観念である。

夢を追う傍らで契約社員という立ち位置を選んだ人、責任のない立場を好む人、何なら契約更新時に嫌なら辞められるから、、、単に人間が嫌いとか、、そんなにお金は要らないし、、など理由は色々あると思う。

私はギタリストを目指して、若くして田舎から上京しバイトを掛け持ちしながら生きて来た。今ではありがたかったと思うばかりだが、田舎育ちのある種純粋な人柄を買われて、「うちの社員になってみないか」と2つ3つは声をかけてもらった記憶がある。その度に「自分、夢がありますんで」と背中を向けて来た。後悔はないけれど、若さゆえ、やがて身に降る世間の厳しさも知らず、根拠のない自信に満ち溢れていた。目に見える挫折がなかったことも、ふわりとした生活を送ってしまった要因だとも思う。大好きなギターの世界でも通用せず、アマチュアにしては上手いね、程度で数多いギター少年の一人であり、30も過ぎれば人波に埋もれていく。

自分を批判してくれる恋人や友人がいるならば、その人たちを大切した方が良い。縁を切ってはいけない。親友と言えど、傷の舐め合いは成長を止めて酒量を増やす。私は何かと言えば酒ばかり飲んでいたから。

その結果、今がある。あまりにも「考え」が無かった。いい歳をして低収入という現実が卑屈さを育て、嫉みの根を深くする。人の多い都会では尚更、諸悪に溺れる。アイデンティティも消滅に近い状態となる。

私は契約社員を脱したくて、中々それができないで時間ばかりが過ぎてしまった口で、間もなく50の年に手が届く。家族もあるし色々な意味で生活をひっくり返すことができなくなってしまった。どうして私はこうなってしまったのか、、、。答えは全て自分の中にありました。

ここまでは前振りで。言いたい事はここからです。

契約社員全てを括るわけにもいかないのだが、総じて契約社員でいると『考えない人』になってしまう危機感を勝手にもっている。その悪例として自分を記したのですが、考えているか否かで行動の結果が大きく変わるというシンプルな現実に気付かなければならない。繰り返す単調な日々の中では枠からはみ出ることを恐れて、感情希薄な人間性を知らぬ間に獲得してしまう危険性が高い。

自分が流されていることにも気付かず、どこへ向かうかも知れない、そんな暗く大きな河が契約社員の人生に例えられる、そう思うのです。

あなたがまだ若く、何者かに成りたいのなら実現に向けて戦略を持つべきです。戦略が地図となり、無駄な歩みに気付くことができる。若い人は変わることができる。なぜなら時間と体力があるから。それらを上手に使えば情熱へと変じて行けると思うのです。情熱と戦略が実現への切符となるでしょう。

私のように歳が行っているのであれば、静かなる粘り強さを持つべきと思います。夢や希望という言葉を脱ぎ捨てて、思索を深めることが重要となります。時間を意識することは死を見つめることにもなるからです。人と世を恨まずに自分の時間を深めることが精神を美しく保つ手続きとなる。

契約社員で過ごして来て、友人から遠くなり、漠然とした苛立ちに飲み込まれ、将来に悲観的になっていくと、知らぬ間に自分の中に制御できないほどの悪が育っている。あなたは以前よりも冷たい目付きになり、感情希薄な面貌に成ってしまっているはず。他人など構うものかと思うことがあるなら、すでにそれは始まっている。こうした負の感情は自身の病気をも誘発することにもなる。癌や精神疾患など、、、。

考えない人間は現実へと逃避する。現実逃避ではなく、現実への逃避。ジャン=リュック・ゴダールの言葉だ。変わらない日々、変えられない日々。

悶々とした毎日を抜け出すには思考が要る。私は契約社員ではあるが、自尊を持ち、正義を持ち、日々を送っている。

計画ではあと2年ほどか。わたしは契約社員の身に終止符を打つ。自分で仕事を始めるのだ。考えに、考え抜いて自らを更新する。

だから、あなたにも脱してほしい。牢獄に入ってしまったのは自分なのだ。だとすれば、出るのも自分の選択に依る。

あなたにも考え抜いてほしいと思っている。

                  良く晴れた空の下で。

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