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31年ぶりに読んだ「ひつじが丘」

19のときに読んだ小説を31年ぶりに読み返した。

三浦綾子の『ひつじが丘』

その春、北海道大学を受験して不合格だった僕は、代々木ゼミナール博多校に通い、もう1度北大を受験しようか迷っていた。そんなとき、予備校内に併設されていた書店「代ゼミライブラリー」で『ひつじが丘』というタイトルの文庫本を目にした。

北海道の羊ヶ丘には"Boys, be ambitious."のクラーク博士が右手を伸ばして立つ銅像があると聞いていたので、何となくタイトルだけで手に取ってみた。

中身は全然違った。クラーク博士どころかひつじが丘も一向に出てこない。でも、何となく話に引き込まれ、休憩時間に代ゼミライブラリーを訪れては立ち読みを繰り返していた。

何度か立ち読みを繰り返した後、ついにその文庫本を買った。貧乏浪人生には420円もちょっと痛かった。

読むのがすごく遅いので、随分時間がかかったと思う。読み進む中、ある箇所で自分の予想しなかった展開が起きた。そのとき、生まれて初めて本を読んで涙が出た。それは自分にとって衝撃だった。高校時代に心を枯らしてしまった自分が、物語に感銘を受けて涙を流せたことがうれしかった。

それ以来、またいつか読み返したい、と思って、幾度の引越しや、本の整理でも捨てることなく、常に本棚にこの本は置いてあった。しかし、再び読まれることはなく、30年以上の歳月が過ぎた。

それが、ここにきてなぜかふと読みたくなり、茶色く変色した、いかにも古本という感じのその本を手に取ってみた。改めて読み返してみると、三浦綾子の人間理解、心情描写の力に驚かされる。すごいなぁ、面白いなぁ、と感心しながら読んだ。刊行されたのは昭和41年で、描かれているのは昭和20年代の北海道だが、今読んでも全然違和感がない。

ストーリーは大方忘れているが、あのとき感銘を受けた箇所は覚えている。そこを今の自分が読んだとき、どう感じるかを確かめたかった。

しかし、その箇所は拍子抜けするほどあっさりと過ぎてしまった。31年ぶりの感慨もなく。そして、その後のストーリーがどうだったか、全然記憶がなかった。イメージ的にはあまり面白くなかったような印象だけが残っていた。

その先を読もうとすると、なぜだか緊張して、なかなか読み進められなかった。しかし、読んでいくと、そここそが一番面白いところだった。最後のところは「心洗われる」という感じで、涙が止まらなかった。31年前に涙を流したのもここだったのかなと思えてきたが、やはり違う気がする。この年月を経て、自分が変わったんだろう。

ちょっとだけネタばれすると、アルコール依存、性依存の男性とその関係者の話だ。こんなレッテルを貼ると味気も何もない。やはり診断名で語るのは弊害多いな。

それにしても31年前、自分がその後、心理臨床の道へ進むとは全く考えていなかったし、それから10年経ってこの道に進むことを決めた頃には、この本の内容はすっかり忘れてしまっていたが、今振り返ると、ここに原点があったのかもしれない。今は何の因果か依存症の回復支援に関わっている。31年前、偶然読んだ本が今につながっていることの不思議さを思わされる。

#ひつじが丘 #三浦綾子 #依存症 #エッセイ

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