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#001 - Who is the Champion of the Seven Seas?: Part1 / フー・イズ・ザ・チャンピオン・オブ・ザ・セブン・シーズ?:パート1

 19歳のスズ・ヒサオカの瞳は暗く濁っていた。

 オセアナ・ダイビング・アンド・レーシングの紅のパイロットスーツを着たスズは、控室の一番奥に設置された冷たいステンレスのベンチに座り、両手で顔を覆う。
 外から暗く窮屈な部屋に届く、すべての聴覚情報が喧しい。
 相手に対する気づかいが微塵も感じられない、強いノックが4回、控室に鳴り響く。
「スズ、時間」
 スタッフが発した冷たい単語の羅列。
 スズは顔を上げた。
「わかった。今、行く」
 スズも同じように単語の羅列で返す。
 スズの言葉に対するスタッフからの返答はない。
 場末の遊園地にいるロボットのようなスタッフは、既にその場を去ったのだろう。
 スズは大きなため息をついた。そして、自分を鼓舞するかのように一瞬微笑み、身体を伸ばすと、ベンチから立ち上がった。

「第9回ディープ・シー・レース世界選手権、最終戦ポートディスカバリーグランプリ決勝まで間もなくです!」
 D.S.Rディープ・シー・レース.オフィシャルアナウンサーのミハイル・“ミーシャ”・クロフトの声が、ラウンジのモニターから聞こえる。
 モニターをボーっと見つめるメディア関係者。オセアナは日本の沖縄県に本拠地を置く、新進気鋭のレースチームであることから、彼らのほとんどはアジア系だ。
 その中で、スズの目の前のソファに座る、カールボブの女性記者だけが、唯一のアメリカ人だった。女性記者が着ているスーツのフラワーホールには、ニューヨーク・グローブ・テレグラフの社章。その横には世界各地に展開された系列会社の電子新聞紙が重ねて置かれている。
 スズの気配を感じたのか、女性記者が振り向いた。そして、無言で立ち上がり、ニヤニヤしながらスズに向かってくる。
 “天才ガーディアン”、スズ・ヒサオカからコメントを引き出そうという意思があるのは明らかだ。
「ヒサオカ選手! ニューヨーク・グローブ・テレグラフのマヤ・ストラングです」
 苗字を呼ばれた瞬間、露骨な嫌悪感がスズの顔に出た。
 スズの表情も意に介さず、マヤは質問を始める。
「天才ガーディアンとして、鳴り物入りでD.S.R.参戦1年目のはずでしたが、“期待外れ”とも言われる結果となっていますよね?」
 スズの眉間にしわが寄る。
「オセアナとの契約更新について発表がございませんが、何か水面下の動きはあるのでしょうか?」
 あまりにも配慮がない。親の顔が見てみたい。少なくとも若者からそう思われるような人間にはなりたくないものだ。
 スズは強い決心を抱き、足早にラウンジの前から立ち去る。
 しかし、マヤはしつこくスズに食らいつく。
「あなたと同じオセアナ・ガーディアン・アカデミー出身のバレン・カワサキが、後任という噂がありますが?」
「ストラングさん、あなたにお話しできることはなにもないです」
 スズは初めてマヤに対して口を開いた。
 獲物が食らいついたと確信したのか、マヤはにやりと笑った。
「ということは現状、契約の更新について、何も進展はないと?」
「マヤさん、何もお話ししていないのに決めつけないでください」
 明らかにスズは嫌がっている。しかし、周囲のスタッフは談笑を続け、彼女を助けようとしない。
 今すぐつまみ出してほしい。そう願いながらスズは、しつこい記者から逃げ続ける。
「それなら少しは契約の現状について、お話ししてくださりません?」
「あなたにお話しできることはなにもないです」
「それなら契約更新は進展なし……と」
 歩みを止めたスズが振り向く。
「いい加減にしろよ」
 スズの冷たい一言は、しつこくつきまとうマヤの歩みを止めるには十分だった。
 それどころか周囲が沈黙に包まれる。誰しもがスズに視線を向けた。
 硬直するマヤと視線を向けるスタッフをよそに、スズはハイドロギア・ガレージの中へと入っていった。
 力強く扉が閉められる。
 マヤは嫌みったらしく向きを変え、ラウンジに戻っていった。
「さすがは“コールドブルー”……今日もおっかねぇ」
 スズのコードネームを使って、スタッフが彼女を嘲笑う。
 ひとしきりへらへらした後、彼らは自分の作業に戻っていった。

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