#000 Prologue - One Girl’s Little Spark / ワン・ガールズ・リトル・スパーク
I dedicate this story to Tom Thordarson, who devised the original concept of the “Undersea Grand Prix” and all the Imagineers.
「海底グランプリ」のオリジナルコンセプトを考案したトム・ソーダーソン氏とすべてのイマジニアに捧げる。
時空を超えたある年の暮れ。
ナル・マクアは、七つの海の覇者になった。
赤銅色のマンボウ型競技用潜水艇、MOLA-8:MARK Vが、白波を勢いよく立てながら、ホログラムフィニッシュラインを越えた。
MOLA-8:MARK Vの鼻先には、水生人類用強化外骨格を装着したガーディアン、ナル・マクアが立っていた。
ナルは左手を前に伸ばし、第1回ディープ・シー・レース世界選手権総合優勝という栄光を文字通り掴んだ。
洋上グランドスタンドから熱狂的な歓声が上がる中、ホームストレートをなぞるように噴水が打ち上がる。ピットレーンにやわらかく降り注ぐ水しぶきは、夕日を反射して金色に輝いていた。
ホライズンベイ・レーシングチームのスタッフは、ガレージからピットレーンへと我先に飛び出していく。
ガレージにはチーフエンジニアと11歳の少女だけが残された。
金色の外光が、ガレージの外で喜びを分かち合うスタッフの影と、ガレージの中の薄暗さを際立たせる。
ピットレーンのデッキで、あるスタッフは抱き合い、あるスタッフは人目もはばからず涙を流していた。
チーフエンジニアのヒシ・ヒサオカは、そんな彼らを静かに見守り、どこか誇らしげに微笑んでいる。
11歳の少女、スズ・ヒサオカは、父親の初めて見る表情に目を丸くしながら、3匹のイルカが彫られたペンダントを力強く握りしめていた。
スズの頬は紅潮し、心臓は早鐘を打っている。
ホームストレートの歓声が一際大きくなった。
ホライズンベイ・レーシングチームのガレージの前に、ナルを乗せたMOLA-8:MARK Vが停船したのだ。
MOLA-8:MARK Vのパイロット、ホノ・マクアは、コックピットから大きく手を振って、スタッフたちと喜びを共有していた。
しかし、ハイドロギアのシールド越しに見えるナルの表情は、壮大な夢を達成したことへの喜びと同時に、どこか寂しさを感じさせるものだった。
「ナル……」
スズは思わず彼女の名前を呼んでいた。しかし、スズの声は膨れ上がる熱狂でかき消される。
声が届かない。スズにとっては些細な問題だった。
耳に届かなくてもいい。心に届けば、それでいい。
ここに心の底からあなたを信じていた存在がいる。その存在が目の前にいると気づいてほしい。
声が熱狂でかき消されようとも、スズはナルの名前を呼び続けた。
ナルは、スズに気づいた。
時の流れが静止した。
「わぁ……」
スズから感嘆の声が漏れる。
ナルは栄光を掴んだ左手を、スズに向けて伸ばしたのだ。
「次はあなたの番よ」
ナルからそう言われているようにスズは感じた。
いや、そう言われた。
父親であるヒシは、夢を見つけたスズを穏やかに見守っていた。
スズ・ヒサオカは、ナル・マクアから七つの海の覇者になるという夢を受け継いだ。
少女の瞳は、太平洋の果てに溶けていく夕日で輝いていた。
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