「クイズ思考の解体」発刊に寄せて

クイズプレーヤー伊沢拓司の新刊「クイズ思考の解体」が間もなく、書店に並びます。予約特典で先行して手にされた方は、既に読み終えた方もいるかもしれません。

あとがきにも記されている通り、私は修正段階ごとに助言する形で、執筆をサポートさせていただきました。著者に向けて「この考察の意味がいまいち分からなかった」「言い得て妙。すばらしい指摘」など、賛否両論、さまざまな意見を送りました。最初に連絡があり、玉稿が送られてきたのが2020年の夏。文字通りの超大作が完成したことに、心から祝福します。

この本はクイズの入門書の類ではなく、専門書、学術書です(注)。「伊沢拓司の卒業論文」のような体裁を取っています。そのため、予備知識として、クイズの世界をある程度知っていないと、十分な理解を得るのは難しいかもしれません。クイズ初心者の方に向けて、僕なりに、お勧めの読み方をお伝えできればと思い、この記事を書いています。

(注)いきなり脱線しますが、「入門書」という意味では、長戸勇人さんの「クイズは創造力」が名著中の名著なので、ゼロベースでクイズを始める方には、強くお勧めします。「理論編」と「問題集編」は長戸さんが「中学2年生を対象に書いた」とおっしゃっていて、早押しのメカニズムが平易な言葉で分かりやすく解説されています。今と昔でクイズを取り巻く環境は変化したものの、早押しクイズの根本の部分は変わっておらず、30年前の本でも、まったく色あせていません。
メルカリや中古本のサイトにもあるので、ぜひ入手し、読んでください。大きな図書館にも置いてあったりします。


まず、序章「マジックからロジックへ」は必読です。執筆動機が、熱い言葉で綴られています。続いて、読みやすいコラム5本。本編はクイズそのものを扱った解説、分析要素が強いですが、コラムは著者の思いが記され、伊沢君のキャラクターを知っていれば、スムーズに内容に入っていけると思います。彼自身がどのようにクイズに貢献していくべきかについて、人間性と謙虚さがにじみ出ている110ページの記述が、たまらなく好きです。

次に、あとがき。「クイズをやっていて、何かの役に立つか」に対する、伊沢君が出した答えに、鳥肌が立ちました。実利主義、成果主義から脱却できたときに、本当の意味でクイズが文化になるのかもしれません。

そこから、徳久君がお勧めしていたように、第4章「クイズと作問」を読めばいいのかな、と感じます。本書に記載されているとおり、クイズの世界は、大きな互助会のように動いており、さまざまな種類の「ホスピタリティ」が働いていることを、改めて気付かせてくれました。

テレビクイズが好きな方は第1章「クイズの歴史」から読んでも、するするとページをめくることができるでしょう。特に第1章の後半は、伊沢君が当事者として触れてきたテレビクイズ史なので、貴重な証言がたくさん登場します。

第2章「早押しの分類」はあまりにも大作。クイズをたしなむ人間が感覚的に持っているものに向けて、壮大な言語化に挑みました。この分類が最適解なのかは僕には分かりませんが、ロジックを解き明かす著者の挑戦は、後世にも影響を与えるでしょう。
この章で触れられる分類について、個人レベルで認識の差違が生じるのは当然です。例えば、問題冒頭の「ずばり」について、私は廃止論者です。「ずばり」がくると、読ませ押しの合図となり、それをクイズの戦略として捉えるのは無粋と判断するためです。しかし、本書では「ずばり」が機能する構文と、その理由が論理的に記され、たしかに「こりん星」のケースならありかなと、考え直しました。

第3章「クイズと誤答」は、実際に行われたオープン大会の内容を例に挙げた解説(画期的!)が記され、一般の方にどのように読まれるか、非常に興味深いです。クイズは「リスクマネジメントを伴ったマインドスポーツ」であることを、これでもかというくらい述べてくれています。競技クイズの世界に身を置いている人間としては、とても嬉しい内容でした。

他にも内容は多岐に分かれていますが、興味がある部分から、読み進めていけばいいのかな、と思います。小説ではないですから。

あと、注釈が大量に登場するのですが、後でまとめて読むのではなく、一つ一つ意味を確認した方が、理解が深まると思います。

改めて読み返してみると、とんでもない作品を作ってくれました。大学の研究者が書いているわけではなく、テレビをはじめとしたメディアに連日出ている男が、この大作を自分の言葉で書き記したという点は、筆舌に尽くしがたい能力と熱意がなせる技でしょう。

クイズに興味を持ったばかりの中学生がこの本を買うと、重厚な中身に圧倒されるかもしれません。それくらい濃い内容です。ただ、クイズプレーヤーを目指す人には必携の書だと思います。個人的には、高校や大学のクイズ研究会の部室に1冊、常備し、末永く読まれて欲しいと願っています。

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