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お姫様なんかになりたくない。

それは幼稚園の頃。市販されているぬりえに飽きた私と家に遊びにきていたお友達たちのために母がオリジナルでプリントを作ってくれた。
「あなたがお姫様だったらどんなドレスを着たいか、描いてみよう!」
プリントにはお姫様のシルエットが描かれており、好きなように髪型、ドレス、アクセサリーを描き込むような仕様になっていた。子供の想像力を育むにはもってつけ、そしてディズニープリンセスに憧れる女の子たちにはぴったりなプリントだったと今でも思う。なのに、その時の私はこんなことを言ってのけたのだ。
「お姫様なんか嫌だ!あたしは女王様がいい!」
なんでそんなことを言ってしまったのかは、今でも分からない。その頃から「変身体験」的なことが大好きで、親戚から買い与えられたシンデレラのドレスやジャスミンの衣装を着るのが大好きだったし、観光中や遊園地にありがちな「衣装を着て記念撮影」なものには誰よりもいち早く飛びついた(それは今でも変わっておらず、次回京都を訪れた際は女郎蜘蛛の妖怪撮影をしたいと密かに計画を立てている位だ)。が、憎たらしいことを言って母に怒られ、そんなことを言うなら描かなくて良いと言われ、「ごめんなさぁ〜い、私も描くぅ〜」と泣きじゃくったということは良く覚えている。

そんな私は今「女王様」。
女王様になる道のりの中、私を影響した空想上の人物や歴史上の女性たちを紹介することにしよう。

童話の中の悪女たち

幼い頃から私は童話に出てくるお姫様より、彼女らを蔑めたり苦しめる悪女や魔女たちに惹かれていた。そしてどこかシンパシーすら感じてしまうのです。

ハリー・クラークが描いた人魚姫と深海の魔女

美への異常な固執を持ち、そのナルシズムを脅かされそうになった途端に白雪姫の殺害を目論む継母。彼女の「美しさ」へ対する執着心にはどこか見習えるものがあるような気がしてしまうのです。きっと彼女も生まれつき綺麗だった訳ではなく、舞台裏であれこれ努力をして「世界で一番麗しい」女に成り上がったのでしょう。そんな努力の結晶を怪しい鏡の中に現れる奇妙な男に「残念、もう一番美しいのはあんたじゃないのよ」なんて吐き捨てられたら気が狂って当たり前。でもね、あんまり顔を顰めなさんな、皺になるからボトックスでも打っときなさいな。小娘に負けない位の白肌が欲しいならトレチノインとハイドロキノンをお塗りになればいい。歳を取った女には日焼け止めも塗らずに小鳥相手にカラオケ大会をしている黒髪の少女にはない麗しさがあるものよ。どうせ小人と暮らしてる間、小娘は肌の保湿すらをもまともにしていない。そのうちシミだらけになることでしょう。

自分だけ出産祝いのパーティーに招待されなかったことにキレて、パーティーの主役であるお姫様を「こいつが15になったら死ぬようにしてくれてやるわ!」とブチ切れてしまう「眠れる森の美女」の13人目の魔法使い。貴女、なかなかクレイジーね。私、クレイジーな人が大好きなの。まぁまぁ、落ち着いて。親しくもない人の赤子の誕生日パーティーなんてそんな楽しくないだろうから、行かなくて済んだ方がいいと思うわよ?プレゼントの用意だってしなくて済んだじゃない。もっと自分のためになるようにその能力を使いなさいな。

恋した王子様に近づけるよう、人魚姫に足を与えると引き換えにその美声を奪って恋が叶わなければ泡にしてくれてやるわと宣言した深海の魔女。貴女とは私、気が合いそう。色ボケしたクソガキにはそれ位が妥当でしょう。アリエルは助かって王子様と幸せになったかもしれないけれど、アンデルセンはもっと現実的だった。貴女のことを心底心配してる親の気持ちを踏みにじって(足がないから踏めはしないか…)恋に盲目になっているなら、ブクブクと海底に沈んでくのは当たり前の運命。惚れた腫れたで周りへ対する感謝も忘れてしまう女になる位なら、私は深海魚と共に洞窟の中で歪な生活を送る魔女になりたい。

戦場に立った乙女

子供の頃の私は歴史上の人物についての漫画や本を読み漁るのが何よりも大好きだった。本屋さんに行けば子供向けの伝記漫画を買ってもらい、何度も何度もその本を読み返した。そんな中、私が心を奪われた人物が現れた。

アルベール・リンチが描いたジャンヌ。
彼女は存命中に肖像画が描かれることがなかったため、彼女の肖像画や彫刻はすべて作者の想像に基れている。

ジャンヌ・ダルク。1400年代にフランスに生まれ、ただの農民の娘だった彼女は神の啓示を受けイングランドの占領下にあったフランスを解放すべく、戦場へと向かった。兵士たちから冷ややかな待遇を受け、バカにされたとて彼女はその信念を貫き通した。やがてその熱意に感服した男たちは彼女を支え、ジャンヌは次々と戦いで勝利をおさめていく。当時のシャルル皇太子が王に即位できたのも、彼女のおかげと言っても過言ではないだろう。そんなジャンヌも戦いの中囚われ、捕虜となり、敵にその身を引き渡されてしまう。異端審問にかけられた彼女は「異端」の判決を受け「魔女」というレッテルを貼られ、火炙りの刑に処されてしまう。彼女の死は共に戦場で戦ったジル・ド・レを凄惨な殺人鬼に変貌させてしまうまで気を狂わせたともいう。

髪を短く切り、甲冑を身につけることを選び 、馬に跨り戦場で自分が愛し信じるものを守ったジャンヌ。どんな煌びやかなドレスを纏い、王庭で美しさをきらつかせるお姫様より、私は彼女に憧れた。ジャンヌのように私は敬虔でもなければ、「神」の存在も信じていないけれど、自分の信念のためにならば気高く散る覚悟のあるような人間になりたい。

お姫様よりも愛妾

マダム・デゥ・バリー
(フランソワ=ユベール・ドルーエ作)

伝記漫画や歴史上の人物に関する書籍を読み漁って育った私は気づけばちょっとしたフランス革命オタクになっていた。中学生の頃には図書館で「ベルサイユのばら」を完読し、美術史の授業でダヴィッド「マラーの死」に衝撃を受け、大学一年生の時2週間ほどフランスに滞在する授業があることを知ると直様飛びついた。子供の頃からの憧れのフランスに行ける!ルーヴルはもちろん、オルセーやポンピドゥー•センターで教科書、美術書やネットでしか見たことのない美術品をこの目で見ることができる。オスカー・ワイルドがいけつけだったキャフェで煙草を吸いながらショコラを飲める。極めつけはベルサイユ探索。鏡の回路でひと踊りしてしまいそうな自分がいた。

フランスへの出発前、テンションを上げるためにルームメイトとソフィア・コッポラ監督の「マリー・アントワネット」を鑑賞することにした。この作品は実際の歴史上の出来事や当時の文化から少しかけ離れている点(並べられたマリーの靴の中にこっそりコンバースのスニーカーが隠れているなどといった遊び心があったりする)はあるものの、ソフィア独特の世界観やヴィジュアルが全面に押し出されていて視覚的にはとても楽しい作品である。映画を鑑賞中、私を「マリー・アントワネットなんてどうでもいいわ!」と思わせるような女が登場した。

ドゥ・バリーが国王を横に見事なゲップをして、眉を顰めるまわりの上流階級者たちにイラっと「Pardon!」と言う。このシーン、本当に好き。

アーシア・アルジェントが演じるルイ15世の公妾、マダム・デュ・バリー。アントワネットが身に纏う淡いパステルカラーのドレスと相反するようなジュエル・トーンの極彩色の衣服。ケバケバしい位に宝石類やアクセサリーでその身を飾り、周りの高族に白い目で見られる彼女。すでにアーシアのファンであった私は、彼女が演じるこの女性が一体何者なのか気になった。

貧しい家庭に私生児として生まれたマリ=ジャンヌは、弟が生まれた後に母親に捨てられてしまう。母が金融家と再婚後、パリに引っ越し一流の教育を受け侍女として働き始めるが素行上の問題でそれは長続きしない。娼婦のような生活をしていたマリ=ジャンヌだがその美貌と知性を武器に良い家柄の貴族や学者を相手にし、社交界でも充分通用するような女性へと成り上がっていった。そんな彼女がルイ15世に出会ったのは1769年。最愛の公妾であったポンパドゥール夫人(彼女もただの妾ではなく、国王の良き相談相手となり政治にも影響力をもった凄い女性なのである)を亡くし失意のどん底にいた国王だったが、即座にマリ=ジャンヌに魅了され、虜になっていく。

いくら国王の愛されたとて、低い身分生まれであるマリ=ジャンヌが Maîtresse royale (公妾)になるのは不可能であった。よって彼女は形だけの手続きのため、当時囲われていたデュ・バリー子爵の弟と結婚をし、トントン拍子で社交界デビューをする。公妾になった彼女は贅沢の極みを味わい、彼女の元の身分や過去を見下す輩には冷たくあしらわれることはあったものの、その愛嬌と知性で人々を魅了し、美術家のパトロンになったり、あのヴォルテールと親しい友人であったとも言われている。また、ルイ15世が天然痘で倒れた際も献身に看病をする一面も見せている。

マリー・アントワネットと同様、デュ・バリー夫人の命は1793年、ギロチン台の上で散っていった。

王冠を被って生まれ、予め決められ、与えられたレールを使って昇華していくお姫様より自分の持っているありとあらゆるものを武器にし叩き上がっていくデュ・バリー夫人に私は惹かれる。

反骨精神全開のプリンセス

セシル・ビートン撮影

お姫様否定派の私だが、実は一人とても好きな王女がいる。エリザベス2世の4歳年下の妹であるスノードン伯爵夫人マーガレット王女。彼女は「Rebel Princess」(反逆者の王女)と表され、酒と煙草と恋をすることをこよなく愛し、伝統と品位を重んじたイギリス王族の今までのイメージを塗り替えてしまった女性だ。

アンソニー・アームストロング=ジョーンズが撮影したマーガレット王女

そんなマーガレットは決してやがて女王となる姉の影に埋もれることはなく、「王族」であることで存在する様々の規律やしがらみの中でも自由奔放に生きた。16歳上の大佐との初めての大恋愛は母親、国、国家教会、国会にまで首を突っ込まれ叶わなかったものの、後年は彼と文通を続けたと言う。夫である写真家のアンソニー・アームストロング=ジョーンズとの結婚はうまくいかず、互いに浮気を繰り返した。イギリス王族としては400年ぶり、ヘンリー8世以来初めての離婚をしたのもマーガレット。

夫との関係が破綻する中、マーガレットはマスティック島に渡りパーティー三昧の生活をおくり17歳年下の愛人との関係を育んだ。彼女がもった数多の関係の中にはミック・ジャガーやピーター・セラーズの名もある。

なかなかワイルドなマーガレットだが、王族としての職務は全うし、美術や文化の後援も精力的に行なった。後に関係こそは悪化してしまうが、あのダイアナ元妃が頼りにしていたのも決められたルールや習慣に囚われない、毒舌に関しては女王のマーガレットだったという。

かなりの愛煙家だったマーガレット。時や場所を選ばずに煙草をふかす彼女の写真が多く残されている。

最後にマーガレットの贅沢で私が思わず真似したくなるモーニング・ルーティンを紹介しよう。

朝9時 起床
ベッドの上で朝食をとり、その後2時間ラジオを鑑賞し、新聞紙を読む。もちろんその間、煙草を立て続けに吸う。

11時 ベッドから出て、1時間の入浴

着替えとヘアメイク。クリーニングされていない衣服は絶対に着ない。

12時半 「ウォッカ・ピックミーアップ」を飲むために下の階へと降りる

13時 母であるクィーン・マザーと昼食。
銀の食器にサービングされた4つのコースを食し、一人につきワインを半ボトル、フルーツと6種類のチーズとともに味わう。

これを単なる自堕落だと批判することもいるでしょう。それでも私の中にははいつかマーガレットのように優美で贅沢極まりない朝の過ごし方をしてみたい自分がいるのです。

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