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身体について(存在・境界)

https://note.com/kathy1983/n/n2c546c4d2a56

(⇡に書いた「肉体の防壁のなさ」に関係することです。おそらく1〜3チャクラが壊れているか詰まっていたからだと思います。) 


ドアを開けて、行ったら帰ってこれなくなるんじゃないかとよく思っていた。帰路で気化して消える気がしていた。宇宙に命綱なしでひたすら彷徨うような、どこを歩いているかが分からなくなる時があった。体の消耗が異常だった。
私は自分が人の形をしているということに違和感があった。実体がないというか、自分は人の目には映っていないのではないかと思っていた。
他人の肉体の充満さに引け目を感じていた。存在感におののくような。
ちょっとしたことをなすにも渾身の勇気が必要だった。

体の外郭がないので異常没入しやすかった。「スルースキルがない」って言い方をしていたのだが、無駄に他人の意識が入ってきやすかった。それに纏われて閉塞される感じが嫌だった。

朝起きて、一日が始まることを恐れていた。「未来が・将来が不安」って言っている人を羨ましいとさえ思った。とにかく人心地つかなかった。身を何にも委ねられない。
ただ生きている、ということを信頼することができなかった。人間が生きてる根拠を探そうとしてしまう。疑い尽くすことで安心を得ようとしていた。
そのさなか、日常を平然とやりきらなきゃならない。

で、不安であればあるほど誰も助けてくれないって経験ある人いると思うのですけど、不安というのは良くない想念に巣食われている状態なので、誰もそんなものに近づきたくないものだと思う。健全であっても揺さぶられるとか隙を突かれるとか敢えてされたい人はあまりいないと思う。だから本当に一人でどうにかするしかなかった。

ある本や記事に出会って、これらは「グラウンディングができていない」、「オーラが拡散しすぎて濃度が薄い」、「チャクラが壊れている」故なのだとわかった。
(とくに3チャクラが壊れていた。じゅ、っとした疼き?が感じられた。)
なので出掛けるときにはモリオンを持ったり、オーラソーマの04サンライトを使ったり、グラウンディング瞑想を行ったりなどしてちょっとずつ改善しつつある。

何より宇宙の根源が「愛」だと知ったとき、とても安心感を得ることができた。