日本人学校で出会う中国人ママさん達から見る愛のカタチ
日本人学校で出会う色々な中国人ママさん達
コロナ禍から始まってからは一切の学校行事がなくなり、教師との面談もDingTalkやTeamsに変更となったが、コロナ前は学校行事が年に数回あり、子供の保護者として楽しみでもあり、日本人学校で出くわす人々の多様性に最初は度肝を抜かれたものだ。(幼稚園も然り)
経験のある方であればよくご存じだと思うが、日本人学校へ行くとかなりの確率で「中国人ママ」に出くわす(まあ、うちもそうなんだけど)。子供の授業参観、保護者面談、入学式・卒業式・運動会等の行事等が特にそう。
彼女たちは一応にパワフルで、中国人ママ同士で大きな声で楽しそうに喋っている。子供たちは一様に日本語・中国語のバイリンガルなことが多い。
そんな中で、中国人ママさん達は大体3種類の方々で分けられるような気がする。以下、私の超主観での話になるので、ふ〜んと思うぐらいで流して頂きたい。
① 社内恋愛(往々にして助理か通訳) ② KTV恋愛 ③家政婦さん
① 社内恋愛(往々にして助理か通訳)
これは少数な気がする。見た目と喋りを聞いていると、「あ、この人は仕事してたんだな」というのがすぐに分かる。見た目は全く尖ってなく、普通のママさんという感じである。話を交わしても普通に会話がかみ合うので、コミュニケーションが非常に取りやすい。
② KTV恋愛
これはかなりの数を占めそうな気がする。彼女たちはまずオーラが違う。化粧や服装も派手、かと思えば、すっぴんで、半袖・半パン、サンダルで学校に来たりすることもある。
ミニクーパーで学校まで子供を送り迎えする元縁む〇びのキャバ嬢みたいな雰囲気がすごい。肩で風を切って歩くその様は清々しいとさえ言えよう。授業参観や保護者面談に行くと、同じクラスに必ず1人以上凄まじいオーラを放っている人がいるので、ちょっと浮いている感じがあるが、同じようなママさんがいるとその人たちで固まって和気あいあいとやっている感じ。
一言で言うなれば、パリピ臭強め。(Disってはない)
③ 家政婦さん
これは信じられないかもしれないが、実際にこんな人たちがいる。要は独身の駐在員(年齢高め)がアイさんと出来て結婚されたパターン。実際本人達に聞いたわけではないが、農村から出てきたアイさんは上海に暮らしても、髪型・服装も農村時代のママであることが多い。肌も一様にこんがりと焼けて黒目の人が多い。
まあ、正直誰が誰と結婚しようが自由なんだが、経済学で言う「需要供給曲線」がしっかりと需要と供給側で交わっているんだから、トレードがちゃんと「成立」してるんだから良いと思う。
男も女も余らず、後世に子孫を残すことが出来ている(中国の昔ながらの観点「传宗接代」)のだから人類の観点から見ると喜ばしいことである。知らんけど。
人の数だけ愛の形があって然るべきだし、他人の私がそれをどうこう言う権利もない。
ただ、現実の場でこのような方々と出くわし交流するとなるとは正直思いもよらなかったのは正直なところである。
ダイバーシティ。
多様性とか訳されているが、日本人学校とはまさにそのような多様性に触れることが出来る貴重な「場」であり、子供のみならず我々保護者も同じように社会勉強出来る素晴らしい場所だと思っている。(いや、本気でそう思ってるよ)
<おまけ>
保護者面談で中国語しか話せないママさん達
長男・次男の保護者面談行った時衝撃だったのが、5・6人の中国人ママさんがいて、面談会中もずっと日本語を解せずママさん同士で中国語で喋っていた。
担任の先生が困惑して、中々話が進まなかったので、私が簡単に通訳して話を進めてもらったのだが、ママさん達見た目が最初アイさんにしか見えなくて(肌が黒くて、農村の人の髪型と着こなし)、「お母さんの代理で来られたんですか?」と聞くと、「〇〇の母です」と。
思わず目が点になった私。その瞬間に全てを悟った私はもう何も考えないことにしたのであった。
日本語分からない奥様を入学式や面談に送り込む日本人旦那
次男の入学説明会の時の話。横に座っている保護者であるママさんがずっとぼそぼそぼやいている。しかも広東語でぼやいている(笑)
詳細を聞くと、前は広東省に住んでいたが、転勤で上海に来たが日本語を殆ど解さないのに、旦那は仕事だとかほざいて日本語の分からない私をこの説明会に送りこんだのよ、何言ってるか全然分からない、と。
あまりに可哀想なので、簡単に内容の説明をしてあげたが、息子のことより優先しないといけない仕事とは何なのだろうか、しかも言葉が通じない妻を入学説明会に送り込んでくるとは。傍から見ていて不憫だった。
彼女に限らず、中国人ママさんはこのような経験を多分にされている方が一定数いらっしゃる。少なくともそのような方を数人知っている。皆、息子の為だからと仕方なく来ているが、夫が積極的に行事に参加してくれるという話は彼女達の口から出たことはない。旦那と同じ一日本人として何だか寂しい気持ちになったし、もっとちゃんとサポートしてやれよ!という気持ちもふつふつと湧いてきたものだ。
和楽器バンドの「吉原メント」じゃないが、最初は偽りからの始まりであっても、最後に「愛」へと昇華させることが出来、現在(いま)が幸せであれば全て良しなのではないだろうか。知らんけど。