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茶色定食

もう母ちゃんが逝ってしまって8年近く経つ。
「何食べたい?」が口癖の母ちゃん。
「茶色の」がお決まりの返事だった。
「またかい」と言いながら母ちゃんが"茶色の"をこしらえる。

じゃーー
とか、
じゅーー
とか、
じょぼじょぼ
とか、
ぱちぱち
とか、
あと、どんな音してたっけ?
まあ、
がちゃがちゃ
が、聞こえたらほぼ完成の合図。

使い込まれたガスコロンの上で、年代物の鍋がにぎやかな音をたてる。
母ちゃんの鼻歌もちょっとした味つけ。
みごとに不揃いな皿にみるみるうちに、

ぴかぴかごぼうのきんぴら

ゆらゆらなめこのみそ汁

てかてかぶた肉のしょうが焼き

ぽてぽてとら柄の玉子焼き

全部、熱々。
「あっつくないと、うまくないのさ」これも母ちゃんの口癖。
熱けりゃいいってもんじゃないけど、熱けりゃたいていうまいのも事実。
また食いたいなぁ、母ちゃんの茶色定食。
いくら教えてくれと頼んでも
「あんたが自分で食べた味、覚えてなさいよ」
と、火加減、さじ加減は母ちゃんのその手の中。
母ちゃんがいなくなってから、何度も何度も挑戦したけど、いまだに覚えた味にはならない。
「数だよ、数。お前とは作った数が違うよ。」
と、鼻歌まじりで母ちゃんに言われそう。
茶色は一日にしてならず。
あのコンロも鍋も健在だ。
不揃いな皿はますます不揃いになったけど、、、
味の記憶がある限り、俺は元気だ、母ちゃん、心配すんな。

#元気をもらったあの食事

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